野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

コンプレックスと偏り疲労―ユング心理学と金井流個人指導3

コンプレックスとは何か・・・偏り疲労との関連

 しばらく説明的な内容が多くなりますが、最初に野口整体における感情と体の見方について野口先生の講義内容を紹介します(『月刊全生』)。

 

・・・(抑圧だけではなく)実際は一寸我慢した感情、或いは出しはぐれた感情、そういう極く細かいものまで影響しているのです。だから、その感情を出しはぐれると、それがみんな体の働きになっていく。

・・・体の機能の変化に伴う心の動きが感情であり、体の変化を伴わないものは感情ではないのだと言い切ってもいいほど、それは密接なものなのです。

・・・感情を我慢して抑えつけてしまうと、抑えられた感情はそれでなくなってしまわないで変化する。押させていればいるほどだんだん大きくなって、それが必ず体の変動と関連する。ところが我慢して既に忘れてしまった感情が心の中に入って働いているというようなときには、次の感情の傾向をみんな変えてしまうだけでなくて、体の中にある機能の方向まで、その方向に固定してしまう。

 

 ここで野口先生が意味する感情とは、意識に上っている悔しい、嬉しいという感などの感情ではなく、人間の動作や人相まで変えてしまう「漠たる感情・漠たる動き(身体感覚的な情動。快・不快)」のことです。

 偏り疲労(身体の歪み・硬張りなど)はこのような感情によって起きる、というのが金井流個人指導の観察における焦点となっています。そして指導で気の転換を図り、腰が入るようにすることで、自然で、整体となる状態へと心を方向づけるのです。

金井先生は「固まったことによって支配を受け『感ずることに歪みが生ずる』ことを、野口整体では「感受性の歪み」と表現し、これを修正する整体指導とは『感受性を高度ならしむる』ことを目的とするものです。」と述べています。

コンプレックスとは

 深層心理学では、心の中で意識の働きを支配する「感情のかたまり」をコンプレックスと言います。ユングの分析心理学は、初期には「コンプレックス心理学」とも呼ばれていました。ユングはコンプレックスの存在を科学的に立証した(註)ことでも知られています。

(註)言語連想実験 言葉の刺激に対する情動反応(時間・脈拍・呼吸・皮膚)を測定し、言葉によって反応が変化するところから、無意識の存在と、その内に存在するコンプレックスが心身を支配することを科学的に立証した。

 整体指導で観察するコンプレックスは、重い精神疾患の原因となるような強度のものではありませんが、身心相関の原理としては同一のものなのです。

 ユングは、脳の異常を中心とする精神医学に疑問を持ち、心と体が一体となった働きである「情動」に着目しました。 そして心を「水の流れ」に喩え「エネルギーの流れ」として観たのです。

 無意識から意識へと向かう心のエネルギーの流れがどんな方向を向いていて、どれぐらい強いか(関心や価値観がどういう方向に向いていて、勢いがどれぐらい強いか)と考える見方を「心的エネルギー論」と言います。

 それは東洋の「気」という観方と非常に近く、こういうところからもユングと東洋の親和性が伺えます。

 コンプレックスが心と身体を支配すると、心の流れが停滞し、無意識と分離した意識となる。そしてその人は生命・自然から離れ、無意識から意識へと流れ込む生きる力が発揮できず、不適応に陥るとユングは考えました。

 そして、病症が起きることは、無意識のエネルギーが意識へと流れ込み、再適応へと向かおうとする自律的な働きであると観ていたのです。そして、患者とともに病症の経過を「待つ」心理療法を行いました。

 こうした観方も野口整体と共通したところです。