Ⅰ
問題は、体ではなく心である。
人を責め、追及し、他人の過ちのために自分の労力を消費するが如きことをなさず、自分を楽しくし他人を快くすることの空想を、いつも心の中に拡げて生きることが養生というものである。
意志は、体に対して脈一つ多くすることもできなければ、涙一滴流させる働きも持たない無力なものであるが、空想すれば血行を変え、涙を出し、胃液を分泌し、体中の働きをいろいろと方向づけることができる。
楽しきことの空想、嬉しくなるようなことの空想、元気な空想、それぞれ、その空想している如き体の状態を創り出す。
空想は創造する力である。
(野口晴哉『風声明語2』)
心身医学とは
近年、「心療内科」を標榜する病院が増えていますが、心療内科はストレス性疾患を診る科です。この心療内科が基礎とするのが心身医学です。
心身医学は19世紀末、フロイトの精神分析学が医学に応用され、セリエ「ストレス学説(一九三六年)」、パブロフの「条件反射理論」などを根拠として、ドイツで始まりました。身体を物質的にのみ治療することの反省に立ち、第二次大戦前、アメリカに亡命した医師らによって、戦後アメリカでさらに発達しました。
ストレス性疾患は「心身症」と呼ばれます。ストレスによって身体症状が出たり悪化したりする病気を総じて「心身症」と言い、初期には内科が中心(胃潰瘍、気管支喘息、アトピー性皮膚炎など)でしたが、現在では整形外科等、診療科全域に心身医学が応用されています。
ストレスというと「外的環境からの負の圧力」と理解されることもありますが、医学的には、不快情動が脳を介して自律神経系、内分泌系、免疫系などのホメオスタシス(恒常性維持機能)に影響を与え、乱すことです。また不快情動とは、恐怖、不安、怒り、悲しみ、焦り、失望・・・などの感情のことです。
全体としては、医療現場で心の原因を探ることはせず、ストレス性疾患に対しても処方は薬物であることが多いのですが、こうした心の作用が身体に影響を与え、病因となることが、科学的にも立証されています。
これまで述べてきたように、金井先生は「情動」による偏り疲労に焦点を当て心理療法的な個人指導を行っていました。この「情動」という点から、情動のコントロールが東洋的修行法の中心にあることを研究した湯浅泰雄氏の著作に触れ、その後は日本で最初に心身医学を導入した故・池見酉次郎氏(九州大)に関心を持つようになったのです。
身体的な変動(多くの身体症状)がおきる最初のきっかけに「感情(不快情動・心理的ショック)」があります。身体の恒常性維持に影響し、そこから立ち直るために病症が起きるのです。
病症の基本的な原理と意味を、実際に自分の身に起きたことを通じて理解させ、経過させるのが先生の個人指導でした。それを踏まえ体癖、成育歴の影響など、潜在意識の理解へと進み、自然健康保持に大切な心を、指導で引き出していたのです。