野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

自発的に生きる―活元運動 2

自発的に生きる

 2007年にMOKUという雑誌に連載された、金井先生の「自発的に生きる」は、ある50代の男性の個人指導例を基にして書かれた記事です。

 故人指導を求めて来たこの男性はフィットネスクラブの取締役兼インストラクターを務め、「一見、筋肉質でがっちりとしている、という体つき」でしたが、先生は「彼のそういった「表の顔」を観ながらも、彼には何らかの「不満がある」ということを感じていました。」と述べています。

 さらに、自律神経失調症抑うつ症に悩む彼を観察して先生が感じたことは、彼が長くやってきたトライアスロンの競技能力が、彼の健康とは結び付いていないということでした。

 スポーツをやることが良くないという意味ではなく、クラブ活動などを通して身心の成長に大きく役立った経験のある人も多いかと思います。しかし、取り組みによっては、彼のような方向へと向かうことがあるのです。

 彼は子どもの時、家庭内が不和で、心の動きを止めることで自分を守って来た人でした。そして「自分は心が弱い」と思い、スポーツで体力をつけ、弱い心を堅固にしようとしたのです。しかしそ実現しませんでした。

 お腹は弱々しく、腰から発する気(意欲)がない状態で、自分がワンマン社長に不満を持っていることも自覚しておらず、怒りや不満を抑圧して言われたことをこなしていたのです。

 金井先生は「「背骨は人間の歴史である」という野口先生の言葉がありますが、背骨には「生きてきた歴史」が刻まれており、私は彼の背中に、「心の虚」を観たのです。」と述べています。

 そして彼は40代半ばの時、これまでの無理な適応の仕方(感情を排除して理性と随意筋で生きる)が行き詰まり、抑うつ症と自律神経失調症の診断を受けたのでした。

 詳細は「自発的に生きる」を見て頂くとして、彼に必要なものは何か。金井先生は次のように述べています。 

 「心に対して」は、まずは強くするというのではなく、自分の「心に目覚める」ことが大切です。「心が動き出すこと」で「心を感じる」、という順序により「心の自発性」を識り、やがて本当の「自身の力」を取り戻さなくてはなりません。心はこころで気づくことが肝要で、「心が動く」ためには、意識的な随意筋運動では無理なのです。

 金井先生は活元運動が出、体が動くようになったら、次は「心も動く、心が動く」という段階に進むよう指導していました。そこに活元運動の本領があるのです。これは筋肉が動く段階から深部が動く、骨が動く段階へと言うことができます。

 まず最初の段階は、筋肉の力が抜けること、体に対する意識の支配を外すことです。活元運動では無意識運動(錐体外路性運動系の運動)が闊達に、素直に外に出ることが大切なのですが、随意筋がその発露を抑えてしまうことがあります。そのために頭(随意筋を支配する大脳皮質)がぽかんとする必要があるのです。

 同時に、心理的要因(潜在意識)が大きく関わっており、裡から発する要求・感情(情動)を抑圧することが習い性となっていると、自分ではそのつもりはなくとも、活元運動を抑圧してしまうのです。

 活元運動を行う時、身体的にエネルギーの鬱散を図ることは必要なことです。しかし、体に注意を向けて、心の向きや動き(動いているか、止まっているか、流れているか)を感じることも大切なのです。

 活元運動は、頭の働きと行動(理性と随意筋)ではないものが自分の本体であることを教えてくれます。普段の生活の中に、活元運動の時感じる力が活きてくる時、強くなった自分に気づくのだと思います。

(註)

随意運動(意識的な運動)は、大脳皮質が直接的、間接的に運動の指令を出しており、随意筋にはこの回路・錐体路がある。

錐体外路性運動系 錐体外路系とも言う。筋緊張や筋群の協調運動を反射的に行ない、随意運動が起こるとき、動作時の力加減や姿勢・平衡などを調整し、全身の筋をバランスよく動かして、運動を円滑にする神経系。あくび・くしゃみ・寝返りなどの反射運動も錘体外路系による運動。