野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

「天心」と「積極心」―風邪の効用 15

 潜在意識のクリーニングと自然健康保持

 金井先生が天風哲学に魅力を感じたのは、潜在意識の問題を「自分で取り組む心の行」として教えの中心におき、かつ明快に説いているところにありました。今回はそのことについてお話したいと思います。

  天風哲学では「積極心」(せきぎょくしん、と読む)保持することを説いています。「積極心」とは「本然の心」とも言われ、「我執がない、虚心平気の気持ち」であるとしています。天風師はこれを「晴れてよし、曇りてもよし富士の山、もとの姿は変わらざりけり」という心境だと言いました。

 金井先生はこの「積極心」は野口整体で言う「自然・じねん」のことだと述べています。

 以前『大法輪』という雑誌に、金井先生の呼吸についての記事が掲載されたことがあり、その時、天風会の記事も掲載されたのですが、天風哲学アカデミーフェロー小野敏郎氏は、その記事の中で次のように述べています。

 天風は、生命の本質的な働きは積極であると捉えました。植物は芽を出し、花を咲かせ実をみのらせて繁殖しようとします。昆虫も魚も野に棲む動物たちも、相手を求め、自己の生命を子孫に繋げようと健気に生きています。

 生きようとするはたらきはまことに積極的なもので、生命の中には命を完全に全うすることができる潜勢力が用意されているのが自然界の法則なのです。

 従って人間の「あるがままの姿」とは、この自然法則に則って、常に積極的な心で生きることです。

・・・「あるがままの姿」になれば、人間が生まれながらに持っている素晴らしい潜勢力がいかんなく発揮され、人生は充実した生きがいのあるものになるのが自然の摂理なのです。

  目的論的哲学、ですね。というより、いかに生きるか、という問いに答えるためには、目的論的にならざるを得ないということでしょう。この文章について、金井先生は次のように述べています。

野口整体での「自然の健康」とは、「じねんの心を保つことで健康を保持すること」です。

・・・人間は思考力があるが故、色々と頭を働かせてしまうのですが、「雑念や妄念を作り出す因」となる思考とは、陰性感情に支配されたもので、それで「悩みや苦しみが深く」なるのです。そういったことから解放された心「無心」を、天風哲学では積極心、野口整体では自然と言っているのです。

  中村天風師は、心の中の「雑念・妄念」を取り去ることの大切さについて、次のように述べています(『運命を拓く 天風瞑想録』)。

第八章 人生の羅針盤

 考えてみよう。お互の心の中には、自分でも愛想が尽きるような、随分と悪い思想や、悪い観念が、蔓延(はびこ)っているということを否定出来ないだろう。またそういうものが、自分の心の中にないとしても、やたら、悲しんだり、怒ったり、怖れたりという、ともすれば心の光を暗くするような消極的な観念が、随分我々の観念の中には、自分でも困るくらい、時として愛想が尽きるくらい発生する。

 そこで、いままで聞いた正しい理解で、健康や運命を正しく建設して、人生を生き甲斐のある状態にしていくためには、こういうものを心から除き去らなければならないのである。

・・・ただ上っ面だけ理解していて、相変らず雑念妄念を潜在意識の中に溜めていたのでは、いつまで経っても、ものがわかったというだけで実行に移されない。

(金井)天風師の文章にある「雑念、妄念(心の光を暗くするような消極的な観念)」は、どのように生じているかと言いますと、日常的に体験する「情動」に因っているのです(個人指導の場で身体に観察される)。

情動とは、日々の生活上での「陰性感情」体験による身体の偏りで、これによる鬱滞した感情エネルギーが、思考を無意識的に働かせる(潜在意識が現在意識を支配する)ことで、意識(心)が曇った状態が続くのです(これを本人が自覚するには、身体感覚が一定高度であることが必要)。

雑念、妄念の背景にはこれがあり、積極心を心がけていても、このような潜在意識のはたらきを理解しなければ、それ(積極心)を保持することが、より難しいのです。

 引用が多くなりましたが、今回はここまでとし、次回へ続きます。