野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

個とは何か②-体癖論Ⅰ 8

個性化の過程と体癖の活用

 野口晴哉先生は、「一人一人の人間の生き方が体の要求に沿っていくことが自然な生き方だ」と言いました。自己実現の力は、そのように生きることで、無意識から汲みだされてくるものだと思います。

 しかし、成長し生きていく過程で、自分の自然から離れたり、ゆがめたりすることしか適応のすべを知らなかった人も、多いことでしょう。そうした個々の実情から離れて、類型的に体癖を捉えても、活用は難しいものです。

 しかし生きる力の源は要求にあり、要求とは生命・魂の声なのです。そこから離れて健康に生きることはできません。ユング心理療法は、そこにつながる通路を見出し、生きることを目的としていました。こうした視点から、東洋宗教の身体行に強い関心を寄せたのです。

 こうした点も、金井先生が指摘する「ユング心理学野口整体の共通点」のひとつです。

 では、今回の内容に入ります。

(金井)

湯浅泰雄氏は、「アイデンティティを喪失している」現代人について次のように述べています(『ユング心理学と現代の危機』)。

東洋の伝統文化と技術

 現代の心理学者は、現代人にとって必要な目標として、「自己実現」とか「アイデンティティ」の確立ということを挙げている。よく現代の若い世代はアイデンティティを喪失しているなどと言われるが、これは分かりやすく言えば、人生を生きていくことの意味や価値が分からなくなっているという状態であろう。今ではこのような心理的気分は社会全体に広がりつつあるようだ。

 ユングは、心理療法の目的を「個性化」individuationと呼んでいる。やや分かりにくい言葉であるが、これは「真の意味において個人となること」という意味である。

我々はふつう、自分は「個人」であると思っているが、じつは、自分の内部において潜在している能力も分からないし、自分が人生において為すべきことも何も分からない状態にいるのである。ユングは、それを見出し、育ててゆく必要を説いているのである。いわゆる「個性」というものは、それによって発揮されるようになってくるのである。

  これは、体癖論の章で是非に挙げたい湯浅氏の文章です。その意味は、まさに師野口晴哉によって、私が現在のように方向づけられたことに拠っています。人には、科学的な目で見ては分からない「潜在している能力」があるのです。

 ユング心理学では、心理療法によるこのような過程を「個性化」と呼んでいますが、これは「人生に、自分だけに与えられたかけがえのない意味を見出し、それを全うして自分らしく生きること」です。

 心理療法の目的が「個性化」であるという意味の重要性は、「人は、真に個性を生きることが容易ではない」からです。それは、集団で生活することを余儀なくされる人間にとっては、その自我が成長する過程において、自己主張をすることで周囲からの反撃を受け、自立以前においては自我の存在をさえ脅かされる、ということがあるからです。

 周囲からの反撃は、時代によってもその内容が異なるものです。ここ数十年の「周囲」の価値観は、敗戦後の「科学万能主義」に支配されたものでした。

「科学万能主義」華やかなりし時代にこの道に入った私は、少なからず、周囲からの反撃というものを知っています。殊に若い頃は、時代の主流から外れていることでの、周囲の無理解に疎外感を味わったこともありました。

 つまり人間においては、経済的自立、精神的な独立までに長く時を要し、大人として成長する間に個性を充分伸ばすことができないのみならず、個性を歪めてしまっていることも多いからです(私の成育歴について、また『病むことは力』第五章を、このような読み方をすると理解の一助となると思います)。

 臨床心理(指導)的立場は、個性を観ることが大切で、野口整体においては、体癖が重要な観点となります。

「個性化」とは「潜在能力を発現する」ことですが、野口整体では、自分の体癖を理解し活用することが、「自己実現」を成す鍵となるのです(体・体癖という野口整体の視点を、ユングの思想「個性化」から再考することができました)。

 (追記)

 この中に、「師野口晴哉によって、私が現在のように方向づけられたことに拠っています。」というくだりがあります。

 私は先日、熱海の道場で20代後半と思われる金井先生の写真を拝見しましたが、正直「この時に先生に会っても私は弟子入りしないだろう」と思いました…。

 それぐらい、人間には変化の可能性があるということで、野口先生はその「種」を見出し、それが実現するように金井先生を方向付けられたのだと思います。