②「養生」という生き方
― 生き方の哲理に裏打ちされた健康の思想と実践
立川氏は「養生」について次のように述べています(『養生訓に学ぶ』はじめに)。
「文化」としての養生…日本を知ることは江戸を知ることであるといわれるが、その江戸を生きていた人たち、たとえば武士にしても町人にしても知識人にしても長屋の住人にしても、あらゆる階層の江戸時代の人びとが日ごろ口癖のように言っていたことばに、「養生」ということばがあった。
養生というと、今日ではおもに病後の手当て、あるいは保養や摂生(飲食などを慎み、健康に注意すること)のこと、ときには建築物などを保護する意味で使われているが、江戸の人たちにとって養生とはたんなる病後の手当てや病気予防の健康法ではなく、じつはもっと広く深い意味をもっていた。それは現代流行の健康法という狭い意味ではなく、人の生き方にかかわる事柄であり、どう生きるのか、何のために生きるのか、という人生指針であった。その意味で、養生という理念は江戸を生きていた人びとが共有していた一つの「文化」でもあった。
養生とはしたがって、自分や家族の個人的な健康願望に応えるものであったが、さらに江戸という社会・文化に根ざした価値観・死生観に立脚して、「いかに生きるか」を説いたものであった。生き方の哲理(哲学上の道理)に裏打ちされた健康の思想と実践、これが養生ということであった。
養生とは「いかに生きるか」を学び、自らの死生観を立てることです。養生も「道(みち)」であり、日本的宗教行の一つだったのです。
明治以来、現代において人々の健康は「西洋近代医学」によって(のみ)管理されますが、それ以前の江戸時代は、養生する(生きるを養う)ことで健康を保とうとしたのです(養生は、現代では「病後の摂生」とのみ理解されている)。
『養生訓』の、老いを視野に入れ、自然にゆだね、日常の生活を律し、心のケアを重んずる、という西洋近代医学にはない生き方と健康への姿勢は、野口整体の「整体を保って全生する」生き方に通じています。