野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

巻頭 潜在意識は体にある!― 自分のことから始まった野口整体の道 一

第三章 自分を知ることから始まるユング心理学野口整体 に入る前に、巻頭にある、金井先生の生い立ちについての文章を紹介します。

 整体指導という仕事をする人が、生い立ちに恵まれなかった場合、潜在意識における影響の深さに自覚がある人ほど負い目を感じるものですし、そのことを話すのに抵抗を感じる場合が多いのではないかと思います。先生が自分の生い立ちを雑誌の取材という場で話すのは、『病むことは力』出版を経てのことでしょう。

私は生前、金井先生から、若い時は野口先生のご子息が妬ましかったこと、そして自分に対する愛情も理解も薄かった両親をなじったと聞いたことがありました。

潜在意識教育を学び、自分の感受性の歪みが子どものときにもたらされたことが分かってくると、そういう感情が出て苦しむ時期があります。親を責めてもどうにもならない、親も自分のことで一杯いっぱいだったのだと分かっていても、感情が治まらないのです。

しかし先生は、過去に作られた心の癖(感受性)を発達させ、乗り超えていく過程で、その欠落が、他者の潜在意識につながる通路になることを知ったのです。 第三章の主題はここにあります。

一 私の半生記と師野口晴哉の思い出

3 気持ちが通らないと納得しない子どもでした

 私は五人兄弟の三男に生まれ、一番上の兄がちょうど四歳上、それから一年八ヶ月上に男と女の双子で(その次が私)、下に妹がいて七歳違いです。家は、農業もやりつつ衣料呉服店を経営していました。

 祖母が意地の悪いところがありまして、子どもは一人で出来るわけがないのですが、「また孕んで!」という言葉を母に投げつけ、実は、私は生まれてこない方が良いと思われていたのです。

 母親から聞かされたのですが、こんなことがあったようです。人工流産をさせるべく病院に行くため、家でお風呂に入っていたそうです。家(うち)は昔ながらの五右衛門風呂で、祖父がよく風呂を焚いていました。

 風呂場の窓をちょっと開けると、焚いている祖父と話が出来るというところで、母親が「どうしても病院に行きたくない」と、祖父に言ったようです。「じゃあ、そうしなさい」と。祖父は背筋の通った体格の良い、優しい人でした。

 祖母は、背中がとても丸く意地悪さを感じさせるところがありましたし、母親は母親で、言葉をまともに感情的に受け取ってしまうところがあって、胎教の影響か、小学生時分から私は祖母に反抗していました。胎児は、お腹の中で全て聴いているのです。

 それもこの道に入って勉強する中で、「ああ、そういうことだったのか」と分かるのですが、「潜在意識」です。祖母に反抗していたのはそんなことからだったと気づいた時がありました。

 母親は、どこからか頂き物をすると、箱を揺すって「この中はモナカだな」、「どこどこに義理立てしなきゃいけないから」と言う。そういう時に「こういう心がこもらないものを持って行くのはおかしい!」と、子どもながらに母親に言うのです。こんなところが私らしさというのでしょうか。母親から見ると「扱いにくいガキだなあ」というところが、兄弟の中で変わっていたのです。

 こういうこともありました。私が小学生の頃は、高度経済成長(1954(昭29)年~1973(昭48)年)による影響で、「メリヤス景気」という言葉があったほどで、衣料品が飛ぶように売れたのです。実家の衣料呉服店は、繁華街でもなんでもないのですが、皆さん歩いて来たり、自転車で買いに来たりして、朝、父親が名古屋の問屋に仕入れに出かけ、昼ごろ戻ってきますと、それが夕方までには売れてしまったそうです。

 母は、私が小学校高学年の頃(1960年頃)は、一年間に百万円貯金ができたと言っていました。

 これはずっと後になって聞いた話ですが、「当時そんな金があって、なんで子どもにあんな生活させていたのか」と思ったことがあります。

 家はそういうわけで忙しかったものですから、私は「家庭の団欒がない」と、他の兄弟に言っていました。兄弟五人いる中で、私だけが「この家には団欒がない」と言うわけです。二番目の兄は、「そんなことはどうでもいい」と、関心がありませんでした。実家の跡を継いだのはこの兄ですが、商売人向きでした(後に、不動産屋に転職)。

 商売屋ですから、例えば、食事中でもお客さんが来ると母親が立って行くわけです。その様子を見て、「僕は大人になったら、食事は落ち着いた中で食べるぞ」と思いました。今、現実にその通りになっています。

 落ち着いて、物事をきちんとしたいというか、ごたごたしたままが嫌でした。ごたごたしたままの心は駄目だという感性です。そういう、「気」に敏感な感性があったということでしょう。

 野口整体の「体癖」では、「九種」体癖が私の質(たち)です。緻密で愛憎に敏感な九種は、「家庭内でも理解されない」と、師野口晴哉が体癖の講義で語っていたのを思い出します。

 師もそうだったのです。