野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第五章 野口整体と心身医学の共通点 一4

 近年、アメリカの神経学者・精神科医アントニオ・ダマシオの情動についての新しい考え方が注目されています。これは、脳からではなく「身体から情動が起こる」という立場に立つ見方です。

 ダマシオが論じている情動と感情についての注目すべき点は、情動が意識化によって感情となること、それが人間の意識を発達させ、全く新しい事態に対応し、生きる方向性を拓く力となっていると論じていることです。

 情動が感情として認識されると、感情・身体感覚と出来事全体が記憶され、生きる上での経験値となります。生命から意識へと向かうエネルギーの流れが情動であり、生きるための行動を起こす力、他者と世界を理解するための心的なエネルギーでもあるのです。

参考文献 アントニオ・ダマシオ『意識と自己』講談社 

脳と身体にはたらきかける「心(潜在意識)」の存在 

精神分析学の臨床的知見を背景に「心のはたらきを考えに入れた病気の見方」というものが模索されるようになっていきました。

 上巻(第一部第一章)で紹介した石川光男氏は「心が身体におよぼす能動的作用」について、次のように述べています(『西と東の生命観』)。 

心を反映する身体

 身体の状態に影響を与える心理的因子を取り扱う分野を、心身医学、精神身体医学と呼ぶが、医学の一分野としての市民権を得たのは1940年代である。心身相関という考え方が取り入れられるようになったのは19世紀末であるから、心身相関の医学的研究はまだ若い歴史しかもっていない。しかし、1970年代に、脳の中にエンドルフィンという鎮痛物質が発見されてから、心の作用が見直されるようになってきた。

 それは、この物質を手がかりとして、薬のプラシーボ(治療のできない病気の患者の気持を紛らすための偽薬)効果を科学的に説明する可能性が出てきたからである。

…プラシーボは「にせの薬」であるにもかかわらず、それを服用したために病状が好転する患者が多いことが経験的に知られていた。ある実験によると、被験者群のおよそ35パーセントが、プラシーボだけの使用によって、実質的な効果が表れると報告されている。

…親知らずの歯を抜いたばかりの人たちから志願者をつのり、何人かには鎮痛剤のモルヒネを与え、残りの人たちにはプラシーボを与えてみると、プラシーボを投与された患者のうち三分の一は、痛みが非常に少なくなったと報告した。

 ところが、この人々にエンドルフィンの作用を抑える薬を与えると、また痛みがぶり返すことがわかった。それはプラシーボを鎮痛剤だと信ずることによって、脳の中のエンドルフィンの鎮痛作用を増進させた(分泌を促進させた)という可能性を示すものであった。研究チームは、この現象を詳しく研究した結果、プラシーボ効果は、脳の生理学的変化によるものであるという結論を得るに至った(心理→生理)。

 この研究は、心の状態が脳物質の物理化学的な変化によってひき起こされるという受動的存在にすぎないという、従来の考え方に大きな疑問をなげかけることになる(=心のはたらきとはそのようなものではなく能動的なものである)。この研究が提起している問題は、心の本体がどのようなものであるにせよ、心の身体におよぼす能動的作用を無視することは許されないということである。

 しかし、医学は長い間心のはたらきを無視してきた。西洋医学は、18世紀に病理解剖学(疾病に際して現れる組織・臓器の変化を解剖学的、形態学的に研究する病理学の一分野)が栄えて、病気の座は臓器にあるという考えが支配的となり、19世紀には、細胞が病気の中心と考えられるようになった(細胞病理学)。その後細菌学が起こって、細菌が原因となった病気の治療法が発達した(病原細菌学)。

さらにビタミンやホルモンの発見によって、脚気や糖尿病の原因が解明されるようになった。このように、19世紀末までは、心と病気は無縁のものという考え方に基づいて、病気の治療法が研究されてきた。

ところが19世紀末に、フロイトは手足の麻痺のような機能的神経疾患が心理的にひき起こされること、及びそれらの症状は無意識の心理的抑圧を取り去れば治ることを発見した。現代は、ストレスの時代といわれ、ストレスによってひき起こされる病気が大きな問題となり始めている。 

  この引用文の要旨は、信ずるという「心」が脳の中のエンドルフィン分泌を促進させたというところにあり、脳が心の実体ではなく、脳の働きを方向づける心が存在するという可能性を示しているのです。