野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第五章 野口整体と心身医学の共通点一7

深層心理学が説いた無意識とは生理学の自律系― 心身分離から心身相関へ

  これまでに述べたように、感覚器官を支配する感覚神経は大脳皮質に中枢があり、自律神経の方は皮質下(大脳辺縁系・脳幹)に中枢があって、両者は分かれているのですが、条件反射は、この両者つまり大脳皮質(外界感覚・体性神経)系と皮質下中枢(自律神経)系に、一時的結合がつくられるということを意味しています(一時的とは、ある感覚刺激が生じた時のみ、自律神経系が反応すること)。

 これは、情動のはたらきが、皮質と皮質下を結びつける新しい一時的回路をつくり出すという重大な発見です。

 このような条件反射理論は、ある人のコンプレックスには、特有の条件刺激(註)が隠れているという理論的根拠を、深層心理学者にもたらしました。

(註)条件刺激 「刺激する何か(父親コンプレックスなら父親を連想させる人・物・言葉など)」に出会った時、これが条件刺激となって、心の底の方にある感情(潜伏感情)が呼応して起こる情動が「コンプレックスの表出」である(第四章で詳述)。

  条件反射の研究を行ってきた生理学者は、深層心理学者が臨床的に積み重ねてきた知見とはまったく無関係に研究を進めてきたのですが、研究成果が相互に一致するようになり、生理学は、深層心理学に科学的根拠を与えることになったのです(唯物論者が唯心論者を科学的に認めた?)。

 しかし、このような時代まで条件反射という唯物論的生理学研究と観念論的深層心理学研究は対立的な関係にありました(西洋では唯物論(心などの根底には物質がある)と観念論(物質は精神の働きから派生した)の果てしない対立があった)。

 大脳生理学としての(唯物論的立場に立つ)条件反射学は、心理学的事項を「確証がない」として意識的に排除してきたのです。

 また当初、深層心理学研究も科学的基盤を持とうとしていた(特にフロイト)のですが、科学的・客観的診断をすることが、患者の心の治癒には結びつかないことから、自我意識よりも下層の心(潜在意識)と向き合う上で「却って障害になる」と考え、そのような立場から離れた人も多かったのです。

 科学的診断による合理的説明は、患者の自我意識(理性・頭)には理解されても、心の治癒を起こす潜在意識には届かない(=体が変化する潜在意識や魂のはたらきとならない)からです(「言語が意識の交通なら、下言語は潜在意識の交通である。」序章一 10参照)。

 しかし、心身相関の研究が進むにつれ、肉体と精神という違う立場に立つと考えられていた両者は、同じものを違う手法で研究しているということが明らかになってきました。

 湯浅泰雄氏は、この「心身相関」について次のように述べています(『気とは何か』Ⅱ 人体内部の「気」のシステム 1 人体の情報回路)。 

自律系のコントロール

深層心理学の立場からみれば、無意識下に抑圧された情動的コンプレックスが、自律神経のバランスを崩して内臓器官の変調(ストレス)をひき起こすということになる。同じことを条件反射学の立場からいえば、それは、感覚器官を通じて入ってくる外界からの刺戟が、自律系機能との間に条件反射性の一時的結合をつくり出したことである、と説明される。

心理的側面からみて、ゆがんだ情動的コンプレックスが固定して自律系の機能が障害を受けるということは、生理的側面からみれば、皮質(感覚・運動)系の機能と自律系の機能の間に、条件反射による一時的結合のメカニズムがつくり出されたということを意味しているわけである。

 ここでわれわれは、環境と身体の関係について考えておく必要が出てくる。われわれはふだん、まわりの環境からさまざまな物理的および心理的刺戟(いわゆるストレス)を受けとっている。

 そういう刺戟に対する反応のしかたは、各人の性格によってちがう。性格というのは、その人に特有な心理的反応のしかたであるといえる。それはつまり、その人に特有の情動のはたらき方のパターン(心のくせ)である。

 その情動的反応が過度にゆがむとコンプレックスが形成され、神経症になったりする。この場合、外部からの刺戟は、外界感覚―運動回路を通じて身体に入り、自律神経の機能に影響を及ぼす、という過程をとる。

  深層心理学の研究は、外的刺激によって起こる情動と自律系機能の関係について研究する学問とも言えるものです。

 こうして臨床的知見が先行していた深層心理学は、感情が潜伏することでの「隠れた心(コンプレックス)」が、心の病(抑うつ症などの精神疾患)のみならず、身体にも病症を引き起こすこと(心身症・身体疾患)についての科学的根拠をもたらしたのです。

 心(抑圧感情)が体に与える影響を研究した深層心理学者は、情動という全身におよぶはたらきに注目し、生理学者が「心身相関」を学問的に裏付けたのです(パブロフは、彼が否定した深層心理学の「科学的整合性」を、条件反射の研究によって、意図せず裏書きしてしまった)。

 こうして、深層心理学(および生理学)の発達が「心身医学」を誕生させたのです。