野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第五章 野口整体と心身医学の共通点 三6

 今回はIさんが「なぜ感情を内攻させるのが常態化するようになったのか?」が主題です。

 今回、宗教的な教えが自動的に感情を抑圧する要因になった、という話が出てきますが、このような例は意外と多く、宗教もキリスト教系、仏教系、新興宗教伝統宗教さまざまで、その他教育理念的などの影響でそうなってしまうこともあります。

 不快情動の停滞があらゆる面で悪影響を及ぼすことは事実であり、東洋でも西洋でも怒りなどの悪感情は悪と説くことが多いようです。しかし、それは感情を表(態度や言葉、表情・行動)に出す・出さないという問題ではありません。

 それは自分の内の問題であり、むしろ表に出ない・意識できない、潜在意識の方が行動や感受性に対する影響力は大きいものです。

 そこに向き合い、潜在意識化した感情から自由になることが「情動のコントロール」、瞑想を主体とした東洋の身体行の目標でした。

 個人指導を通じて様々な気づきを得ることは、本当に意味のある大切なことで、それがもたらす変化も大きいでしょう。

 しかし、それですべて解決なのではなく、身体感覚が育ち、内省や、感情を意識化する心の力が増すと、無意識で鈍感だった時より苦しいこともあります。そこで苦しむ力、乗り超える力を喚び起こすのが、正坐、活元運動などの身体的取り組みのさらなる目標です。では内容に入ります。 

Iさんの「感情を抑える癖」と成育歴 

2004年の3月から個人指導に通い始めたIさんですが、自分の心の癖について、

「何かムカッとすることがあっても、すぐに言ってもしょうがないと思ってしまう」「自分が思ったことに、全部蓋を被せて行っちゃうらしい」

「何年も昔の思いをずっと、引っ張ってきているなあと。自分では忘れようとしているのですが…」

「負けず嫌いの自分を出しちゃうのが嫌、自分も嫌だし、相手にとっても良くないのだろうと思っている」

と、語ったことがありました。

 指導の中で、Iさんは私と「身体の変化と感情の起こりとのつながりを振り返る」、ということを数年かけて重ねる中で、自分が何度も同じことを繰り返していることに気付きました。

 そして、自身の感情を抑える癖の背景に、次のような家庭環境があったことに気付いて行きました。 

 Iさんの両親は、母方の祖父母の代から入信している、ある新興宗教団体に関わっていました。Iさんが小さい頃、一カ月に一回ほど、自宅で教団支部の会合が行なわれており、そこには、悩みを抱えた人たちが相談のため集まっていたそうです。

 Iさんには、母親が集まった人に語っていた「そういう感情の起こりをすると、こういう病気になってしまうよ」という話が心に入ってしまっていたのです。

 感情の「負の面」に対する「刷り込み」が彼の潜在意識に影を落としていたようです。 この内容を要約してみると、

 怒りの感情が起きる=これは悪いこと → 蓋をする

 このような連想が無意識的に起きていたのだと思います。

 子どもの頃、母親が信者に語っていた話を何気なく聞いていたIさんには、「感情は悪いもの、出してはならないもの」という「潜在意識教育」となっていたのです。

 集まっていた人々の様子が、暗くて不幸そうであったことが、より感情に対して「蓋をすべきもの」と捉えてしまったようです。

(子どもにとっては無言の脅しにもなったと思われる)

 小学校から中学校時代までは優等生タイプ(母親から見た良い子)であったとのことで、心の奥のことはわからない小さい時に「悪い感情を抱いては駄目」、「こうあるべき」と教えられたことが良くなかった、とIさんは振り返りました。

 このように教えられても、人間関係の中で勢い悪感情は発生するので、抑圧することになります(意識では感情は制御できない)。

 こうしてIさんは、その後長きに亘り、感情の抑圧エネルギーに支配されることになったのです。

 感情の閊えは、気分が転換して自動的に流れるか、何かを行なう意志の力に転換されない限り、それは無くならないものです。

 Iさんは高校時代、野球部に入って部活動には励んでいたのですが、成績が中学時代のようには振るわなくなり、二年生になると「雨の日には学校に行かない(註)」ようになりました。三年生時の三者面談では、担任の先生から「I君は社会に適応できない」と言われたことがあるそうです。

(註)捻れ型8種体癖がある人は、偏り疲労が起きると泌尿器系に影響するため、湿気に過敏となる(=雨の日、消極的になる)。

 Iさんは「その頃から現実逃避をする癖が始まった」と思い出しました。指導を繰り返す中で、感情のエネルギーが固まって停滞すると現実逃避をしてしまう(インターネットにはまるなど)、という自分の心の癖に気づいた今は、「内界に向かう(瞑想する)ことで感情に気づき、停滞を経過して次の段階へ行くことを学んでいる」とのことです。

 Iさんは個人指導について、「四十代終りになって、初めて本当に大切なことを学び始めた」と述懐していました。