野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

野口整体と科学 序章 二4

 井深家は会津の名家であり、井深大氏の曽祖父は会津藩の家老で漢学に優れ藩校・日新館館長を務めたこともあり、幕末に会津での籠城戦に参加、親戚には白虎隊で自刃した方もいます。

井深氏は2歳の時、父の死去に伴い、愛知県安城市に住む祖父のもとに引き取られました。母と共に5歳から8歳まで東京に転居、その後は再び愛知県へ戻り、のちに再婚した母に従い、母の嫁ぎ先の神戸市に転居、早稲田大学理工学部を卒業しました。

 葬儀の際、江崎玲於奈氏は「温故知新、という言葉があるが、井深さんは違った。未来を考え、見ることで、現在を、明日を知るひとだった」と言ったそうです。それでは今回の内容に入ります。 

4 科学万能(理性至上)主義を批判した井深氏の精神の基盤を成す東洋宗教(儒教

  井深氏は『論語』などの漢文の素養のある方で、氏の思想は東洋宗教の一つである「儒教」に原点があるようです。「人とのつながり」を大切にする儒教は、「気」を中心とする易経(註)の世界観から生まれ、全体性を尊ぶ教えです。

 企業人でこのような活動(幼児教育)をした人は稀有な存在ですが、その基には東洋宗教があり、会津藩士を曽祖父に持つという武士道精神が受け継がれていたのです。

 氏は先に紹介した『胎児から』で、戦後教育の原動力となった「科学=欧米的な合理主義というイデオロギー」の問題点について、次のように述べています(五章 なぜいま「胎児」なのか)。 

驕れる科学万能主義を排す

 私は科学者ではないし、私の本は科学書ではありません。本書もそうですが、それは経験と知識と考察によって著された書であって、いわば旧弊な思想からの意識革命を意図するものです。

コペルニクスの「地動説」やダーウィンの「進化論」を持ち出すまでもなく、いつの時代にも、時代を揺るがす真実を真実と認めようとしない風潮はあります。もっとも「地動説」や「進化論」が直面した批判や非難は、当時の西欧社会を支配していた神学の側から投げつけられたものでした。いってみれば「科学」と「非科学」との闘争です。

周知のようにこの闘争は、その後、圧倒的な科学の勝利に終わり、西欧社会は神学の時代から科学万能の時代へと変貌していきました。「科学」という新しい宗教が、西欧社会を支配するようになったのです。

 近代西欧の科学主義を根底で支えてきたのは、デカルトの哲学とニュートンの理論です。彼らはともに、世界は「機械仕掛け」で動いているということを立証した。デカルトは人間の心と肉体を分離すること(二元論)によって、人間は完全な機械であると唱え、ニュートンは運動の法則によって宇宙全体が大掛かりな機械であることを示しました。

 確かに近代の発展の相当大きな部分は、彼らの「科学」に負っています。それは確かにそうなのだけれど、一方において世界は、過去も現在も、従来の科学では処理できない問題を山ほど抱えています。

にもかかわらず、ここ一世紀半ばかりの科学の勢いに目を奪われて、あたかも科学が万能であるかのような錯覚に陥っている。科学にあらざれば学問にあらずといった風潮が、欧米のみならずわが国にも及んでいる。

 かつて「地動説」を糾弾してやまなかった神学と同じ愚を、現在の科学は繰り返しているのです。 

  そして、井深氏の著作が直接のきっかけとなり、「戦後教育」「科学教育」というものの問題点について、認識を深めるようになりました。氏は、戦後教育により「理性」以外の心の機能が未発達である問題を指摘され、「感性の教育=あと半分の教育」の必要性を説きました。

 井深氏の著作は、私が「科学が置き忘れた人間の心」という問題に取り組む発端となりましたが、その後、井深氏と同様「近代科学と心の問題」に取り組んだ、湯浅泰雄・石川光男・河合隼雄立川昭二(医療史)氏の思想を学ぶことにつながっていったのです。

(註)易経 儒教の経典である「四書五経」の筆頭(五経第一)にあげられる中国古典で、宇宙・人生の森羅万象を陰陽の変化によって説明し予言する書。エジプトのパピルス文書と肩を並べる東洋最古の書物で、東洋思想の根幹をなす哲学書