野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

野口整体と科学 第一部第一章 野口整体と西洋医学―身心一如(一元論)と心身分離(二元論)二2

2 ガレノス医学の継承と発展― ローマ帝国東西分裂後、ガレノス医学はイスラム圏で発展 

 ガレノス以後、ローマ帝国においては目立った医学の進歩はなく、魔術的な医療に頼る傾向が強くなり、ギリシア医学と医師は軽んじられるようになって、医学は後退しました。

 そしてローマ帝国キリスト教が国教化された(392年)後、東西に分裂する(395年)と、西ローマ帝国領となったヨーロッパでは、ガレノスの著作の多くは消失してしまいました。

 これは、西ローマ領内が混乱を続けた(375年に始まるゲルマン民族大量移住などによる)上、ガレノスはギリシア語で著述しており、西ローマ帝国ラテン語ローマ帝国公用語で、現在もヴァチカン(カトリック)の公用語)圏であったからです。

 一方で、東ローマ帝国においては政情が安定していたこととギリシア語圏であったことからガレノスの著作は残り、医学の正典となっていきました。

 こうして、ガレノスが引き継いだ古代ギリシア医学(ガレノス医学)は、東ローマ帝国キリスト教徒とイスラム世界に継承され、発達して行きました。

 イスラム世界に受け継がれた古代ギリシア医学は、さらに中国やインド伝来の伝統医学からも大きな影響を受け、アラビア医学として発展しました(現在もユナニ医学として位置づけられている)。

 中でもイブン・スィーナー(980年生)は、アリストテレスを哲学の師、ガレノスを医学の師とし、アラビア医学の体系化に努めた哲学者であり、医学者・科学者でした。

 彼は、イスラム世界の学問と哲学における最も影響力ある人物で、西ローマ帝国滅亡後の西欧(中世のキリスト教神学・スコラ哲学(トマス・アクィナス)と医学)にも大きな影響を与えました(註)。

(註)古代ギリシア哲学

 7世紀~9世紀、プラトンアリストテレスイスラム世界のヨーロッパ方面の拡大と共にイスラム世界にも移入された。後に、十字軍遠征以後の11世紀末から、アラビア科学がヨーロッパに伝わったことで、アリストテレス哲学は後の中世でも学ばれ、学問の基礎づけに重用された。

  スィーナーは解剖学の重要性を認識し、医学を物理学から派生した学問と見なし(註)、医学を、医師の技術により障害(原因)を取り除くことで本来の機能を回復させる技術と考えていました(原因療法)。

 彼の大著『医学典範』は、病気の原因と治療法を科学的に結びつけた医学書で、中世ヨーロッパではガレノスに次ぐ基本文献とされました(イスラムの学者はアリストテレス自然学に基づき、単一の造物主による目的を持った自然の創造という教義と哲学を確立した)。

(註)湯浅泰雄氏は「…西洋の歴史では、哲学は外なる物的自然の観察と結びつく傾向があり、このため物理学が科学の基本とされるようになった。」(『「気」とは何か』)と述べているが、スィーナーの論述に、これがはっきりと見られる。第四章二 6参照。 

 また、ケミストリー(化学)、アルコール・アルカリ・ カンフルなどの用語や、シロップやエキスという語もアラビア語に由来しており、蒸留や昇華(固体が、液体を経ないで直接気体になること。また、気体が直接固体になること)のような化学操作も考案され、化学物質も多く造られました。

 現在の西洋医学における医薬品の発達の基礎は、この時期のアラビアの薬品医学に負うところが多いといわれており、瀉血(古典的な意味での瀉血は、切開して体内に溜まった不要物や有害物を血液と共に外部に排出させること)以外に白内障手術、縫合、尿道カテーテルなどの高度な外科的手法も発達していました。

 こうして、ガレノスの学説は、千五百年にわたり、アラビア医学およびヨーロッパの医学において支配的なものとなりました(中世キリスト教神学者アリストテレスを神学に取り入れたため、アリストテレス自然学に基づくガレノスの医学はキリスト教会にも正統医学として認められた)。

 また、科学史家の村上陽一郎氏(東京大学名誉教授)は、当時発達したアラビア科学(医学・化学・数学・天文学・農学・灌漑などの土木工学など)は「いかなる知識が自然支配の力を与えるか」という基点に立っていたと述べています。

 そして、この基本姿勢が、キリスト教の持つ「神の自然支配」と「神の似像である人間の理性による自然把握」という伝統と、実践(技術)面で結びつき、後に西欧近代科学の「人間の手による自然支配」という思想に影響を与えたと指摘しています。

イブン・スィーナーの『医学典範』三つの治療方法

1 健康の保全と栄養についての手当 健康の状態は生活習慣に基づくもので、健康を保つために守るべき諸注意があり、薬の処方と適合しなければならない。栄養については、患者の気質や体液の状態、病気の度合いを基に、食材の性質を考慮し内容を指導するため、特定の食材を禁止したり、量を調整することも行った。

2 生薬を使った治療 病気の質と反対の質の薬が処方される。

罹患している患部の性質、および症状の度合いを把握し、患者の性別、年齢、習慣と癖、季節、地域の環境や気候、職業、体力や体格に合わせて薬を処方していた。

3 手技療法 身体摩擦法(マッサージ)、整体、整骨などによる身体調整法、瀉血など。