野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

野口整体と科学 第一部 第四章 科学の知・禅の智 二 2

 今回の主題は「気」で、湯浅泰雄の『気とは何か』からの引用と、気を感得するための前提となる意識状態、その訓練法としての瞑想法について が中心となっています。

 古来より「気」は分かる人には分かる、という世界でしたが、今と違うのは、自分には分からないけれど「気」の世界があることは広く一般に共有されており、個人によってレベルの差はあっても、基礎的な気の感覚も広く共有されていたことです。

 今、「気」という言葉を出す時は場所や人を選ばなければなりませんし、科学的に立証できないのみならず、気の感覚もないことを前提にして話を進めるのが普通になっています。気というものが以前より特殊なもの、非日常的なものになっており、これは気に関心がある人にも見られる傾向です。

 それは、野口晴哉先生が存命中の時代よりさらに強まった傾向で、野口整体で意味する「気」とは何かについて、定義をはっきり示すことは、今後さらに必要になるでしょう。本書で紹介する湯浅泰雄が論じている内容は、金井先生が野口整体の気を説く上で有益と考えた内容です。

 それでは今回の内容に入ります。

 2「気」を基とする東洋宗教― 主観的に感得される心理作用としての「気」

  湯浅泰雄氏は、「気」を基とする東洋の人間観と自然観について、次のように述べています(『気とは何か』Ⅰ「気」の人間観と自然観)。

 二元論の克服

「気」の研究は、東洋の伝統的人間観と自然観にかかわる。哲学の立場から考えると、それは西洋近代以来の学問の方法論について反省する手がかりを与えてくれるように思う。まずこの点から考えてみよう。

「気」という言葉は、私たちの日常生活でよく使われている。「気がつく」「気をゆるす」「気がきく」「気が気でない」……などという言い方は、心理的な事柄を示している。「気分がわるい」とか「病気」といえば、身体の生理的状態にまでかかわってくる。

「空気」とか「電気」「磁気」というような言葉は近代科学が生れてから造られた訳語であるが、これも元をただせば、自然界に見出されるすべての現象は気のはたらきによって成り立つという、古代中国科学の考え方から来ている(気とは、万物生成の根源)。

東洋医学の身体の見方では、人間や動物の生きた身体には「経絡(けいらく)」とよばれる目にみえない、神経のような脈管系の組織がそなわっていて、その中に気のエネルギーが流れていると考えている。さらに、この気のエネルギーは身体から外に流れ出ていて、環境との間でそのはたらきを交流している、というのである。

解剖学を基礎にした近代医学の身体の見方からいえば、目に見えない経絡のような組織があるという考え方は認めにくい。近代医学が入ってきてから、東洋医学が非科学的(あるいは非近代的)なものとして拒否されるようになった根本的理由はそこにある。

近年になって、現代の生理学的実験方法によって経絡の機能を明らかにする研究が進んでいるが、近代医学の理論的システムと矛盾なく結びつくまでにはまだ至っていない。

ここには、最初に言った心身論の問題が深くかかわってくる。東洋の伝統では、「気」のはたらきはもともと主観的に感じるものとされてきた。それは、ふつうの意識状態では認識できないが、瞑想とか武術・気功などの訓練をつんだ人は気の流れを感じることができる、と説かれてきた。昔はそういう説明で十分だったのである。

その意味からいえば、「気」という言葉はもともと主観的に感得される心理作用に名づけたものであるとも言えるのである。もっとも、誰でも日常ふつうに感じているわけではないから、そのはたらきは意識の作用だけで説明することはできない。

現代の心理学の立場からいうと、ここで無意識の心理との関係を考える必要が出てくるわけである。心身医学や精神医学ではよく変性意識状態という言葉を使うが、これは、瞑想・深い祈り・トランス・幻覚など、通常の意識とはちがった心理状態を指す言葉である。それは無意識下の心のはたらきが表面まで現われてきた状態である。

「気」のはたらきは、そういう意味で心理的な作用を示している。しかしそれは単に心理的なレベルにとどまるわけではなく、身体の生理的レベルにおいて一定の客観的効果をあらわす。瞑想法や気功などが健康法としての役割をもち、医療にも応用されているのはそのためである。

 「気」は、身心の訓練を通じて感じられるようになるはたらきです。訓練によって心が日常の「ふつうの意識状態から変容する」時(瞑想時)、気は自覚され認識されてくるのです。それと共に、気のはたらきは身体の生理的側面において変化をもたらします。

野口整体愉気法とは、指導者との「気の感応」によって、被指導者の身心が変化すること)

 変性意識状態とは、ふつうの意識状態から変容し、意識下(潜在意識・無意識)の心のはたらきが表面化(顕在化)した状態で、心身医学や精神医学において、その治癒力が注目されているのです。

「気」のはたらきは、瞑想(意識状態の変容)の訓練をつんだ人には感じる、また、観ることができる、主観的に感得されるはたらきなのです(気を活用することで整体指導は成立する)。

 こうした気によるつながり(気の感応)は、相互の意識下の心(瞑想的な意識)のはたらきの交流によって生じるのです。