野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第二部 第一章 二3 野口整体の生命観・自然観の現代的意義 ― 瞑想的な「心」の意味を説く

3 野口整体の生命観・自然観の現代的意義 ― 瞑想的な「心」の意味を説く

 良い活元運動が出るようになれば、確かに「自分の健康は自分で保つ」ことができます。しかし、「良い活元運動が出る身心となる」ことは、どのように修養するかということでもあります。

 修養は、一般に「人格形成に努める」ことを意味しますが、ここでの意は、野口整体の世界観に基づき、身心一如としての「身体」が整う(整体になる)よう訓練し、また生活することです。

 これは、江戸時代の「養生」と同義のもので、養生とは一言にして言えば「身をたもつ(註)」というものでした。これこそ、身体性の言葉であり、精神であるところの身体をきちんと保持しようとする「心」のあり方(調身・調息・調心)を示すものです。

(註)身をたもつ

 江戸時代『養生訓』を著した貝原益軒は「養生を志す者、つねに心に主たるものあるべし」と、主体的な生き方を説いた。養生は単なる健康法という意でなく、個人の行動や生活様式が重要とする考え方で、心(気)を乱す「七情(怒・喜・思・憂・悲・恐・驚)」を戒めた。

 明治七年の近代医学導入以来今日まで、このような東洋宗教文化から、「健康は医療が管理する」科学的社会へと移行して来ました。明治時代末には修養文化(身体性)の復活が見られましたが、大正時代に入ると教養(理性(科学的知性))主義へとシフトし、その時代の延長として現代があるのです。

 日本は、科学至上主義がもたらした「福島原発事故」という、とりわけ大きな問題を抱えることになりましたが、あのような大事故は敗戦後の科学至上主義の終焉を示唆するものと、私は位置付けています。

 このような大きな出来事を以って、幕末(1853年黒船来航)以来、160年に亘ってその影響下にあったところの、「科学」について深く考えてみる時だと思います。

 私が本書を通じて現代日本人に訴えるべきは、師野口晴哉の文章(一 1・2、二 2)に表された「野口整体の生命観・自然観」の現代的意義です。

 師は「病症が体を治す」と説かれ、病症観について次のように述べています(『月刊全生』2002年)。

語録

病気は部分の変常に対する全体の調整作用である

病気は治さねば治らぬものではない

いつも自ずから治る方向に歩んでいる

部分の変常に対する全体の治る方向への歩みを

人は病気といっているのだ

 このような師の「悟り」とも言える教えを、弟子は長年かけ追体験することで(=個人的体験と整体指導の実践的探求を通じて)真に理解するに至ります。師のこのような思想の元には、禅を頂点とする東洋宗教があるのです。

 これに対して、病気を健康に対立するものとして捉えるのが、「科学的見方」というものです。近代科学は心身二元論であり、「自然」から離れて発達した理性は、人間の自然に対しても対立するのです(理性は自然から飛び出している機能)。

 野口整体の身体の観察は、病症をその人の「生」全体において観るものです。それは「絶えず変化する身体を観る」ことによって、病症が「身体を立て直す」はたらき(=自然治癒力)となっていることが理解されます。ここから病症を敵対視しない思想が生まれたのです。

 これが、2で述べた「動的平衡」であり、同じく2の、師の引用文の末尾にある、

「健康とは病気にならないこと」

という観念から脱却すべきだ。

という意味です。

 整体指導者は、師野口晴哉の教え(悟りの体験)を自らの身心において追体験していくことで、師の心に通ずる人間となることが目標です(禅が、仏陀の教えを信ずることではなく、仏陀となることが目標であることに通ずる。第三部第一章で詳述)。

「健康とは何か」つまり、科学的生命観(機械論的生命観)に代わる新たな生命観を持つ時が来ているのです。

(これこそ「科学を相対化する」という主題を、私が掲げた理由である。下巻『野口整体と機械論的生命観 風邪の効用』では、機械論に代わる野口整体の生命観を「目的論」として表現する予定)