第二部 第四章 二1②〔身体〕を通して基本的な自己認識が始まる
この指導の数日後、所属する団体の副理事長が急逝してしまった。この理事は長い間お世話になった人で、真田さんを支持してくれる人でもあった。そして亡くなった日の同日、真田さんは役員会で後任の副理事長に選ばれたのだった。
ただでさえ崖っぷちの状況だったのに、さらなる重責を担うことになったが、真田さんの中には「さらに突き進もう」という意欲がわいてきた。火事場の馬鹿力のような、潜在していた力が湧き上がってくるような感覚だった。
真田さんは、最初に長い間翻弄されてきたAという部下(職員)の問題に着手した。Aは周囲の職員と絶えずトラブルを起こしていたが、決着させることができないまま何年も過ぎてしまっていたのだった。
こうして、真田さんはラガータイプだと言う金井先生の言葉がしっくりと腑に落ちてきた。そして、Aの問題も、突進することでトライできるような気がした。
真田さんは、そもそもAに毅然とした態度で対することができなかったのは、「何事も冷静に受け止め、冷静に判断する、誰をも批判しない」という自分のイメージが崩れてしまうという恐れからだったことに気づいた。
本当は、心の中に理性的に捉えた「あるべき自分」と、Aに真正面からぶつかっていきたい!という要求との葛藤があったのだ。この葛藤が潜在していることで自分の中が混乱し、引きこもりに近い状況になるまで苦しむことになってしまったのだと思った。
まるで泳げない人が、水中で力んでしまい、あがけばあがくほど沈んでいく状況のようだった。しかし、真の自分の姿を知ると、体から力が抜け、水と一体になり、行きたい方向に泳いでいくことができる、という気持ちになれるのだ。
結局、Aの問題というより真田さんの内の問題で、理性と野性の対立に終止符を打つときが来たのだった。
これは、自身の内界(理性―野性)と、外界(自分―A)はつながっており、共時的にものごとが進むことの意味を学ぶ始まりだった。
こうして真田さんは自身をより主体的に捉えられるようになり、金井先生の「あなたは、そういう〔身体〕ですよ」という言葉を信じ、「ラグビーのようにやってみよう」と心を決めた。
Aは他者に責任を転嫁してトラブルを繰り返していたが、真田さんはAに真っ向から対峙し、妥協することなくA自身の問題を指摘した。その結果、Aはその年の三月末から休職することになった。2005年4月に管理職就任して以来、真田さんはAの問題に関わっていたが、決着に至るまでに丸二年が経っていた。