野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第三部 第一章 三1 無心を妨げていたヘリゲルの近代的精神― 自我から無我への大きな峠③

1 無心を妨げていたヘリゲルの近代的精神― 自我から無我への大きな峠

③阿波師が説くヘリゲルが「離れ」を待てない理由

「離れ」に入った段階で、阿波師はヘリゲルに「あなたは何をしなければならないかと考えてはなりません。どのようにそれをすべきか、あれこれ考えてはなりません」「離れは、それが射手自身を驚かせるような時にのみ、なめらかになります。弦をしっかりと持っていた親指を突然に切断するかのごとくでなければなりません。それ故、あなたは右手を意図的に開いてはなりません(『新訳 弓と禅』Ⅳ)と教えました。

 この「離れ」の内容について、次の項ではより深く語られています(『新訳 弓と禅』Ⅳ.)。

師との対話

 師は答えられた。「あなたは、どこに困難があるかをよく述べられました。何故、離れを待つことが出来ないのか、射が生まれる前に何故息切れしてしまうのか、御存じでしょうか。正しい射が正しい瞬間に起らないのは、あなたが自己自身から離れていないからです。あなたは引き分けていくのに、充実を目指してではなく、失敗を待っているのです。

 そうである限り、あなたとは関係がなく生じる業をあなた自身で呼び起こす以外の選択しか残っていない(自分(自我意識)で呼び起こすより他にない)のです。あなたがそれを呼び起こす(呼び起こそうとする)限り、正しいやり方――赤ん坊の手のようには、手を開けないのです。熟した果実の皮のように、手はぱっと開かないのです」

 私は師に、この教えが一層混乱させたと告白せざるを得なかった。

「というのは、結局」と、私は再考を促した。「弓を引き、射を放つのは、的に中てるためです。それ故、引き分けは、目的のための手段です。この関係から眼を逸(そ)らすわけにはいきません。赤ん坊はそれを知りません。私はこの関係を除外するわけにはいきません」

「正しい道は」と師は大きな声で言われた。「目的がなく、意図がないものです。あなたが、的を確実に中てるために、矢を放すのを習おうと意欲することに固執すればするだけ、それだけ一方もうまくいかず、それだけ他方も遠ざかるのです。あなたがあまりに意志的な意志を持っていることが、あなたの邪魔になっています。意志で行わないと、何も生じないと、思い込んでいます」

「しかし、先生自身はしばしば言っておられるではありませんか」私は言葉を差し挟んだ。「射は決して気晴らしではなく、目的のない遊びではない。生と死がかかる重大事だと」

「私は、ずっとそうです。我々弓の師範は言っています。『一射絶命!』と。このことが意味することを、あなたは今は理解できないでしょう。けれどもおそらく、これと同じ経験を表現した別の喩(たと)えが助けになるでしょう。

我々弓の師範は言います。弓を射ることは、弓の上端で天を突き刺しており、弓の下端では、大地が絹の糸でぶら下がっている。射が強い反動で放たれれば、糸を切ってしまう危険があります。意識して行うことと力ずくであるために、断絶は決定的になり、人間は、天と地の間の真ん中に救いがたく取り残されます」

「それでは、私は何をすべきでしょうか」私は考え込みながら、尋ねた。

「あなたは正しく待つことを学ばなければなりません」

「このことを、人はどのように学ぶのでしょうか」

「あなたは、自分自身(我)から離れることによって、これらすべてのことをきっぱりと止めれば、意識しないで引き分けていること以外、何も残っていないのです」

「それならば、意識的に意識しないようにならなければならない」と、つい、私から漏れた。

「弓を引く者は誰もそんな風に尋ねたことはありません。だから私も正しい答えを知りません」

「この新しい稽古は、いつ始まりますか」

「時が熟するまで、お待ちなさい」