野口整体 金井蒼天(省蒼)先生の潜在意識教育と思想

野口整体金井流 蒼龍 整体の道51年で亡くなった金井先生の説く野口整体とは

〔身体〕が個人である理由を明らかにした野口晴哉-体癖論Ⅰ 1

科学にはない自己を知る智―主体と対象が未分離な「禅の智」

  今日からいよいよ体癖論が始まります。これは下巻の第九章に収録されている、かなり分量のある内容です。

 近年、野口晴哉著『体癖』(筑摩書房)が文庫化され、精神科医名越康文氏が体癖についての本を書くなど、以前よりも体癖というものの存在は世に知られるようになってきました。

 しかし、野口整体の指導者が書いた体癖論としては野口先生の著書があるのみで、金井先生の体癖論をぜひ世に出したいというのが私の希望でした。その基本的内容は『「気」の身心一元論』に収録されており、これから紹介するのは、そこに大幅に加筆された内容です。

 金井先生の執筆活動は、野口整体の本質、野口整体とは何かを世に知らしめたいということが目的で、そこには野口整体の社会的認知を高めたいという願いがありました。

 野口先生の説いた体癖は、人間の「要求」を出発点とした人間観で、姿勢の偏りを正すためにのみあるわけではありません。

 では、体癖の世界に入っていきましょう。

 

(金井)

① 感覚の奥にある心

 私たちは普段、環境から物理的・心理的な刺激を受け取っています。その刺激をどのように受け取っているか(=刺激に対する反応の仕方)は、各人の個性により異なっています。

 あることを「それぞれの人が、心によって受け取る」、それは、そのように感覚(主観)がはたらいている、ということです。心の内で「…と、感じる」ことから、「自分の(内的)世界」というものが生じているのです。

 メルロ・ポンティ(1908年~1961年 仏・哲学者)は、「美は客体にあるのではない」と言いましたが、美は、美を「感じる心(主体)」にあります。ある受け取り方があるから、ある思いがあり、これが、その人の「心の世界」です。このような「個性」は身体(無意識)にあるのです。

 このように「主観」がどうはたらいているかを理解することが、自分を知る上での鍵となります。

 西洋文明・近代科学は「外界探求と自我の確立(外に向かっての究明と雄弁)」であり、ここには、人が生きる上で最も大切な「自己を知る智」(沈黙と「身体性」)がないのです。

 東洋的身体論では、内から感じられる自分の身体についての主体的自己把持感覚を重視するのですが、師野口晴哉ならではの身体論が、体癖論です。

「理性」を重視した近代自我では身体性が軽んじられ、無意識である「自己」を活かして生きることが、難しいものです。

 体癖を理解し、自覚することは、自身の内なる自然を活かす道筋となるのです。

 

 

 

(補)河合隼雄『宗教と科学』宇宙経験の意味 より

宇宙飛行士の宗教的体験

 ユング心理療法家の河合隼雄は、立花隆『宇宙からの帰還』(立花隆が宇宙飛行士に、彼らの内面的体験を取材し、まとめた本)を引用し、「宗教と科学」という問題に関連付けて論じています。
 初期の宇宙飛行士というのは、理科系の人たちから選ばれることが多い傾向がありますが、その中には大きく分けて、非常に宗教的な体験をする人と、内面的には別に変わりないという人がいるのだそうです。
その中から、宗教的体験をした人の一人、アポロ9号に乗ったアメリカの宇宙飛行士シュワイカートの述べた内容を紹介します。

「宇宙体験はきわめて深遠なものである。しかし、単に宇宙に行ったからといって、それが意識の変化を生み出すわけではない。宇宙に上がっても、あなたは依然としてあなたなのである。もし、あなたが「仕事の鬼(ワーカホリック)」や「融通のきかない」タイプの人間ではなく、開かれた人間であればその体験は、異なった意味や意義をもつことになるだろう」…「体験に対して心を開かなければ、どんな体験もメカニカルにすませ、無意味に終わらせることができる。」
 シュワイカートはアポロ9号に乗って宇宙に出て四日目、船外に出てある実験をしようとしていたとき、写真機が故障し船長のスコットがそれを修理する間の五分間、貴重な「無為の時間」を得たのだ。彼は宇宙空間にポツンと浮いたまま、完全な静寂のなかにいた。はるかかなたには地球が見えた。彼はそこで次のような体験をする。

 

私は、それが個人的な体験だとは思わなかった。おこがましい言い方になるかもしれないが、人類を代表してというか、人間という種を代表して、自分がそこにいると思った。自分を自分という一個人と見ることができなかった。何か体験している最中に、その体験している自分を意識が客観視して見るということがあるだろう。まるで、意識だけがちょっと離れたところにいって、そこから他人を見るように自分を見るという感じだ。

 

シュワイカートもここである種の意識の変容を経験している。彼はこれを「エゴが高揚するハイの瞬間(ハイの瞬間はたいていそうなのだが)ではなくて、エゴが消失するハイの瞬間だった」とも表現している。自我の意識が消失し、なおそこに意識の高揚が感じられる、というのである。
…彼は「神」という言葉を用いないが、彼の経験が「エゴの消失」の瞬間だと言っている点で、通常の自我を超える経験の存在を認め、それが彼のその後の人生に大きい意味をもったことを認めている。そのような「超越」的経験を人生観の中心に置こうとする態度は「宗教的」と呼んでいいのではなかろうか。ただし、彼は特定の「宗派」に属することはハッキリと拒否しているのである。

  脊髄行気法の文章を書いていた当時、金井先生は医師の塾生から『地球/母なる星』をプレゼントされました。そしてその後、河合隼雄ユング心理学について勉強していた時、この内容に出会い金井先生と一緒に読んだという思い出があります。金井先生は非常にこの文章が気に入っていました。

 

宇宙の心に通う道筋と「脊髄行気法」-気の思想と目的論的生命観 23

脊髄行気法

 今回は前回の「脊髄行気法」の続きです。

(金井)
 ヒトの体のできていく過程から脊髄神経を説明したいと思います。
 受精後半月ほどで、が形成されます。そのなかの外胚葉より二十日から二十三日ほどで皮膚と神経と脳の基ができます。
 それは外胚葉が長い溝を作り、くぼみこんで管状になり、二つに分かれ、そして管状になったその一端が膨れ上がって脳になり、その下が脊髄になるのです。そして残った一方は身体の表皮である皮膚となります。
 ヒトの体として完成した、脳に続く脊髄神経の中には、脳室から続く空間があり、これを脊髄神経の中心管と言います(受精22、3日目で外胚葉が管状になった時できた中空がそのまま残って中心管となっている)。
 つまり、この中心管の中空はもともと皮膚の外側と同じ、いわば「外界」なのです。ですから、人間の体の中枢神経である脊髄の、そのまた中心には「外界」を含んでいると言うことができます。ここにすることを師野口晴哉は奨めています。行気とは気による呼吸法を言います。
 この「脊髄の中心管で呼吸をする」というのが脊髄行気法(頭頂にある大泉門から息を吸っていき、脊髄の中心管で呼吸をする方法)というもので、師野口晴哉の健康法の唯一とも言えるものでした。

空気そのものが脊髄の中心管に入るはずはないのですが、行気の訓練を根気よくすることで、背骨に「気」を通すことの効用を感じることができます。このことで体に気力が充ちるからです。
 ここに「気」が通る時、6の師の文章(前回の引用文)にある「統一した心によるはたらき」が実現するのです。
 行気法の体験で得た感覚による “仮説”というものではありますが、もとより皮膚の外側であった「外界」が、最も人間の中心である、脊髄の中心管に存在する、ということは何を意味しているのでしょうか。師は次のように述べています(『風声明語2』)。

背骨で息する
だるいとき、疲れたとき、身体に異常感があるとき、心が不安定なとき、気がまとまらぬとき、静かに背骨で息をする。腰まで吸い込んで、吐く方はただ吐く、特別に意識しない。
この背骨で息することを、五回繰り返せば心機一転、身体整然とすることが、直ちに判るであろう。
背骨で呼吸するといっても、捉え処がないという人が多いが、それを捉えた人は、みんな活き活きしてくる。顔がそれ以前と全く異なってくる。腰が伸びる。なぜだろう。平素バラバラになっている心が一つになるからかもしれない。脊髄に行気されて、その生理的な働きが亢まるからかもしれない。
ともかく、人間はこういう訳の判らぬことを、一日のうちに何秒間か行なう必要がある。頭で判ろうとしてつとめ、判ってから判ったことだけ行なうということだけでは、いけないものがある。
自分の心が静かになったとき、自分の心に聞いてみるがよい。広い天体のうちのである地球の上の人間が、判ったことだけやろうとしているその寂しさが判るであろう。頭で判らなくとも、背骨で息することが、宇宙の心に通う道筋になるかもしれない。
…疲れたまま眠るより、乱れたまま心を抑えるより、まず背骨で息をしよう。その後でどうなるか、そういうことを考えないでやることが脊髄行気の方法である。

 今日、宇宙時代における人間の視点としての「外界」のマクロは、宇宙飛行士が月からの帰還時、宇宙から地球を眺めることです。
 宇宙に浮かんだ地球が太陽を周回していることを実感した時、宇宙には、人間の知的理解を超えるはたらきが存在することを深く悟ると言います。
 アメリカの宇宙飛行士エドガー・ミッチェルはその経験を次のように語っています(『地球/母なる星』1988年)。

これは頭だけで理解したことではない。これは違うぞ、という非常に深い本能的な思いが、腹の底から突然こみ上げてきたのだ。
地球という青白い惑星がかなたに浮かぶのを目にし、それが太陽を回っていると考えたとき、その太陽が漆黒のビロードのような宇宙の遠景に沈むのを見守ったとき。知識として理解するのではなく、宇宙の流れやエネルギーや時間や空間には目的があることを肌で感じたとき。そしてそれが人間の知的理解を超えていると悟ったとき。
そのとき不意に、それまでの経験や理性を超越した直感による理解が存在することに思い至った。この宇宙には、行きあたりばったりで秩序も目的もない分子集団の運動だけでは説明のつかない、なにかがあるように思われる。
 地球への帰還の途中、24万マイルの空間を通して星を見つめ、振り返って今向かいつつある母なる星、地球をながめたとき、宇宙には知性と愛情と調和があることを私は身をもって知ったのである。

 このような「悟り」が地上で行われるのが「禅」などの瞑想修行によるものですが、これは脊椎、仙骨による「背骨」のはたらきに拠っているのです。
 脊髄行気法により、よく気が通った時、自己という「内界」と、他者および他者を含む「外界」との心地よい一体感に包まれる時、自己に内在せる「神の自在性」を感じざるを得ません。「開かれた自己となる秘訣が背骨にある」ということが、先の受精卵からひとつ説明できるものと思います。

 

脊髄行気法-気の思想と目的論的生命観20

「心を無にし、息を整える」気と呼吸による精神文化

 最初に、中巻『野口整体ユング心理学』から、整体指導における気についての文章を紹介します。金井先生は次のように述べています。

整体指導における「気」
 野口整体の生命観は、「気の医学」の伝統を受け継ぐもので、師野口晴哉は、整体指導で「気」を扱うことについて次のように述べています(『整体法の基礎』第一章 技術以前の問題)。

(八)〈気〉(三九頁)
 整体指導の技術の基は、この気をどう使うかということだけで、心とか体とかそういうものにはこだわらない。気の停滞、気の動かし方、気の誘い(いざな)、気の使い方といったように、体に現われる以前のもの、物以前のものを、物以前の力で処理していく、それが技術の基になります。
 だから、 “胃袋を治すにはどうしたらいいか”と訊かれても私は、胃袋など観ていない、気のつかえを観ているのです。気のつかえを通るようにする、鬱散するようにする、足りない処には巡るようにする。私の観ているのは気だけなのです。レントゲン写真を撮ったら、こんなふうに曲がっていたとか、こんなふうに影が出ていたとか言っても、それは物の世界の問題なのです。気の感応で気が通れば、どんなに曲がっていても真直ぐになるのです。頭の中の細胞がああなっている、こうなっているといっても、そんなことは問題ではないのです。
 手を当ててよくなるものはよくなるが、よくならない感じのすることがあります。それは気の停滞、つかえなのです。

 野口整体での養生とは、自然健康を保持するため「整体を保つ」ことです。このため、「上虚下実」の身体(丹田が中心)と「天心」であることを目標にします。
 整体とは「異常に敏感な状態」であり、さらに「調和感に敏感」であることが望ましいのですが、これには、身体(からだ)と精神(こころ)がどのようであるかを、「気」で感じることが肝要です(これを師は「整体とは敏感な体」と表現した)。
 このためには身体感覚がはたらくことですが、頭が忙しく重心が高い(=気が上がっている)状態だと、体の様子を感じることができなくなるものです。身体感覚は気の状態と関係が深く、気が鎮まっている時に鋭敏にはたらくのです。
ことに江戸時代までの日本人には、気に対する鋭敏な感性があり、日本の伝統文化は〈気と息の文化〉とも言われるほどです。
 野口整体の基本となる「愉気法」は、呼吸法により「自身の気を調える」ことで人に行えるようになるもので、まさに〈気と息の文化〉の象徴と言えるものです(整体指導は「気を調える」こと)。


 では、今回の主題「脊髄行気法」についての内容に入ります。


(金井)
 私の個人指導の要点「情動による硬張り」に対する整体操法は、「心を無にし、息を整える」ことにあります。
 古来東洋では、健康法として「呼吸法」に着目してきました。健康のためだけでなく、大事なことは呼吸が深くなることによって、思考が深く、精神性が高くなることです。
 野口整体では、脊髄行気法という「背骨で呼吸をする」行法があります。感じが掴めるまで相当修練に年月がかかるものです。これも、伝統的な日本の身体文化であり、東洋宗教文化の説く「精神性」を啓くために「身体性」を高めるというものです。
 身体性を基盤とすることで、日本人の精神性の高さを保ってきたのが「肚」というものです(肚は、丹田を身体感覚で捉えること)。「腰・肚」に力を充実し頭を虚しくすることで、「上虚下実」の身体(=無心)を養ってきたのが「型」の文化でした。
 脊髄行気法を行うには、正坐をして先ず背骨を意識します。
 頭を下げると飛び出すのが、頚椎七番で、その下に、胸椎が十二個あり、さらにその下に五つの腰椎があります。
脊椎骨の中には脊髄神経が通っています。その神経の中心には細い穴(中心管)が空いているのですが、それを、首から腰までストローのようにイメージをします。
 頸椎七番から腰椎五番まで、脊髄神経の穴をイメージして、首の付け根から腰まで息を吸い込んでいくつもりになるのです(吐く時は意識しない、または丹田に吐く)。これが「脊髄行気法」です(身につけば、頭頂の大泉門より吸う)。
内観呼吸法・活元呼吸とも呼ばれますが、これについて、師は次のように述べています(『健康生活の原理』全生社 1976年)。

愉気について
背骨で呼吸するというのは、背骨の中の脊髄の中心管で呼吸するつもりで呼吸するのがよく、この呼吸法を私は〝呼吸〟と称しております。その説明は非常に困難ですが、ともかく最初のうちは、背骨で呼吸するつもりでよろしいのです。

 息をするつもりで何回かやっているうちに、背骨が温かくなってきて、汗が出てきます。…疲れたときに背骨に息を吸いこむと、たちまち背中に汗が出て、ポキポキ音がして、疲れが抜けてしまいます。
心が統一すると、バラバラの心では判らなかったことが判り、感じられないことが感じられるようになるのです。

…感覚が敏になると、世の中がこうも豊かに美しく感ぜられるものかと、自分で実行するたびに驚いております。

 

身体性を高める日本の「型」の文化―気の思想と目的論的生命観19

正心・正体=整体・感受性を高度ならしむる

 刺激に対する反応のあり方を感受性といいますが、感受性は体と心の状態によって、鈍くなったり敏感になったりします。

 これがきちんとはたらくように身心を整えるのが「整体」で、「整体指導の目的は感受性を高度ならしむることにある」と金井先生はよく言っていました。これは、野口晴哉先生が段位取得の試験に出した問題の一つであったとのことです。

金井先生は上巻『野口整体と科学』で、

 

野口晴哉が提唱した「整体」、即ち「感受性を高度ならしむる」ことは、東洋宗教が求めて来た「正体・正心」の現代的な顕れなのです。

 

と述べています。

 意識のあり方を身体の状態を通じて変化させることで、感受性そのものを変えていくのです。体を通してはたらきかけるのは、感受性とその奥にある心、潜在意識であるというのが野口整体の基本にあります

そして、はたらきかける側も、受ける側も、それを理解し、瞑想的な意識を養う必要があるのです。では、今回の内容に入ります。

 

(金井)

 日本の身体文化における「身体性」についてです。

「身体性」というのは、「性」という言葉がついていることに意味があります。それは、身体の有り様と「感覚」や「感情」のはたらき、こういったものが全く一つなのです。

 身体が歪んだように感覚や感情もはたらき、整っているように感覚や感情(感性)がはたらくのです(身体性は潜在意識のはたらきであり、現在意識のはたらきを方向づける)。

 このことを、師野口晴哉は「人間はいつでも心身一如」と説きましたが、「型」は一定の意識のはたらきを発揮するための身体文化でした。

 私は、第一章三(下巻)で次のように述べました。

 

正体・正心(正気)による知覚・認識

 儒教の教典である四書五経の一つ『大学』には、「心ここ(焉)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず(心が「ここ」にないうわの空の状態では、見ても正しく物を見ることはできない、聞いても正しく音を聞くことはできず、食べても本当の味を知ることはできない)。」という言葉があります。

 儒教では、人間の知覚・認識を「機械的な仕組み」とは考えず、「『正心・正体(正気)』によってこそ、初めて物事を正確に知覚し、正しく理解することができる」と教えていたのです。

 ここには「身体性」を重視した、ただ目で物を見るのではなく、ただ耳で音を聞くのではなく、ただ舌で味を味わうわけではないという、儒教の『道徳的世界観』が存在していたのです。

 これを師野口晴哉は、「見る・聞く・味わう」ことを「気を集めて」行なう(=身心統一によって感受する)と言っていたのです。

 また、仏教の「八正道」においても、「正見(正しく物事を見る)」・「正思(正しく考える)」・「正語(正しく語る)」・「正業(正しく行為する)」など説かれており、これらは「正身(正しい体と心=正気)」によって為すことができるもので、仏教の基盤にも「身体性」があるのです。

(敗戦以前には、儒・仏教を基盤とする「体育・徳育・知育」が教育の伝統であったが、以後失われた。)

本書を始めとする「科学の知・禅の智」シリーズが意図する最も大切なことは、近代科学と東洋宗教では「心」が違うということです(敗戦後の科学至上主義教育の結果、日本の伝統的な心は失われ、理性(頭)のみ発達した)。

・・・科学的な教育によって発達する心(意識)と、禅的修養によって体得する心(意識)を相対的に理解する、これが野口整体を身につける上で肝要なことであり、「科学の知・禅の智」と、私が説くのはこれ故です。

 

 日本では、このような東洋宗教文化が結晶して「道」となっていたのです。道を体現するための体を「型」で養い、「型」ができている体を「自然体」と呼んでいました。これは、日本人が育んできた「身体智」というもので、「人間の自然」を保つためのものでした。

 近代科学の機械論的見方では、人間の知覚・認識とは、感覚器(視・聴・嗅・味・触覚を司る器官)の機能や「理性」によるものであり、これは、儒教や仏教の「身体性」とは、大いに異なるものです。

 日本人のあるべき姿としての「型」の基本は、日常生活での正坐にありました。

「型」は、中心にある力を自覚することで四肢末端の余分な力を排し、「身心の動き」を統一するものです。「型」の文化とは、この統一力を用いて生活することでした。

 正坐においては、この型の意味が顕著に表れるものです。それは、〔身体〕(=身心)が少しでも偏ると、昨日出来ていた正坐がきちんと出来なくなるからです。

「型ができる」とは、「主体的に自己(中心)を把持する」ということで、体の持ち主がその中心力(=潜在能力)を使うことができることです。

 また、「型ができる」と身体感覚が高まるので、自分の心の動きに敏感になります。なぜなら、心が動いたように体が動くからで、その体を一定の状態に保とうとする(丹田を保つ)行が型だからです(型が身に付くと「無心」を体得することになる)。

 ユング心理学で言う「自我」は体の持ち主であり、「自己」が中心力ということになります。

「型」を身に付けることは、背骨を軸に、頭と骨盤が一体化した状態になります。そのような身体がもたらす「無意識と統合された意識」のはたらきは、自身の内側にも、外界に対しても調和と秩序をもたらすのです。

脳と行動をつなぐ脊椎―気の思想と目的論的生命観18

脳と行動をつなぐ脊椎と生きる力・対話の力

 野口整体では、「要求と行動を一つにする」ことを、体力発揮の中心としています。要求を感じ、そして考え、行動する。最初に要求があることが自発的であるということです。

 自分は意志が弱い、こうしようと思っても行動にならない、行動になっても意思が持続しない・・・と言う人がいるけれど、問題は意志ではなくて背骨が硬い、またはつかえているのだと金井先生は言いました。

 野口晴哉先生は次のように述べています(『月刊全生増刊号』)。

 最初に感ずるということがある。そして思い考えるのである。

 

あらゆる行動の出発は感ずることによってなされる。考えているうちは行動にならない。

 

感ずることを豊かにする為には、その頭のなかをいつも空にし、静かを保たなければならない。頭を熱くしていては感ずるということはない。

感ずるということは頭ではない。

感ずるということは生命にある。

  今回の文章に「体癖」が出てきますが、体癖は「要求の方向」であり、要求の大本には生きようとする力、生命があります。その生命がもともと持っている方向性が「要求の方向」です。 考える時も、自分の要求が誘導されるものに発想が行くものなのです。では今回の内容に入ります。

 

(金井)

 師野口晴哉は「体癖」について、「脳と行動をつなぐ人間学」と言われましたが、この「脳」と「行動」をつないでいるのが脊椎です。

 脊椎(頸椎・胸椎・腰椎・仙椎・尾椎から成る)骨の中を通る神経が、脊髄神経です。

 このうち腰椎の五つの役割を説明しますと、一番は言語・思考能力、二番は感情の切り替え・情緒の安定、三番は安定・決断力、四番は集注・持続力、五番は冒険・行動する力。

 腰椎各部はこれらのはたらきを司どる運動系の中枢となっているのです。人間の脳と、生きていくための「はたらき・行動」をつないでいるのが、脊椎、特に腰椎なのです。

 そして、骨盤の中心には「仙骨(せんこつ)」があります。古くは「薦骨(せんこつ)」と書き、薦とは「神聖なるもの」という意味です。

 これは、江戸時代の蘭学者大槻玄沢により、西洋の解剖学書より「sacrum(sacred bone・神聖な骨)」を護神骨と訳したことに始まっています。人間だけができる二足歩行も仙骨にあるカーブによるものと言われています。

 腰椎と仙骨を中心とした骨盤部のはたらきが一点に集約されたのが「丹田(たんでん)」であり、肚(はら)を練るとは丹田力を養うことでした。

「正坐をする」というのは腰椎四番の働きで、腰椎四番の外側に呼吸活点(かってん)という急処があります。

 この働きがきちんとしている時、肺呼吸はもちろん腹式呼吸が深くなり、丹田呼吸となります。そして、「気(き)海(かい)丹田」という言葉のように、丹田より「気」の力が生ずるのです。

 丹田は「神性の殿堂」という言葉もあります。

 骨盤には生殖器という、直接的な「種族保存」の働きがありますが、人間社会における統率力こそ、この種族保存の大いなるはたらきです。個人を超えて、他者に働きかける力とは、この深い呼吸による「気の力」であるのです。

「対話」の時、その言葉に力があるかどうかは「呼吸力」にかかっているのです。

 呼吸の力は息吹(気吹(いぶき))の力です。英語でも、息を吸いこむ「インスパイアー」というのは、「人を鼓舞する」「人に活気、希望を与える」という意味もあり、呼吸が深いことで自身に活気があり、その活気によって相手に影響を与えることができるのです。

「腰・肚」ができていた、かつての日本人には呼吸力がありました。「背骨に気を通す」ことで自分自身を活気づけ、そして感性が働くことによる、総合的な判断力・決断力を得て、より啓かれた存在となる働きが「背骨(脊髄神経)」にはあるのです。

こうも頭で生きる人が多くなってしまったー気の思想と目的論的生命観17

近代以降、日本と日本人が変化したのはなぜか

 今回は、下巻第七章ではなく、上巻の内容に戻ります。

 日本と日本人の身心の変化について、後に金井先生は、次のように述べています(上巻『野口整体と科学』第三章一)。

 (金井)

一、「こうも頭で生きる人が多くなってしまった」

二、「気のしっかりした人がいなくなった」

三、「たましいという言葉が使われなくなった」

四、「このままいくと頭のおかしい人が増える」

五、「いきなり刺す人が出てくる」

 

 これら五つの言葉は、高度経済成長時代(1954(昭29)年~1973(昭48)年)後半の、師野口晴哉の言葉です。

(これらの言葉は、当会での、2008年夏からの講習会教材と翌年からの新たな会報(Ⅴ~)作りをする中で、私の潜在意識から呼び起こされたもの。)

 

 日本では1970年、大阪万国博が開かれ、科学技術の進歩に対するバラ色の夢が謳われたのですが、この年を境に科学の影の面も大きくなってきました。化学物質による公害などの環境破壊とともに、教育の荒廃などの現象が目立つようになってきたのです。これは科学的社会の進展による、物質的豊かさの過剰から心の存在が見失われてきたことを示しているようです。

 師の「こうも頭で生きる人が多くなってしまった」という言葉は、人の心が「意識、つまり頭に偏ってしまった(註)」という内なる「環境破壊」が現実化してきたことを示し、特に、将来を見越して四と五の言葉を遺されたのです。

(註)この場合の意識は、現在意識のこと。潜在意識や無意識と呼ばれる、より深い意識が薄れた=身体性の衰退という問題を意味する。

 現代では、科学文明による世界的な問題として「地球温暖化」、そして、科学によって宗教性が駆逐された(註)ことで、身心の問題に対して「スピリチュアリズム霊性)」が求められるようになりました。

(註)湯浅泰雄氏は『宗教と科学の間』で「近代初期の宗教と科学の対決と分離は、人間精神の自己内分裂の歴史であったのである。」と、ユングの考えを紹介している。ユングは科学と近代西洋文明が失った、意識と無意識を統合する道筋を、近代以前の西洋の精神文化と東洋の宗教に求めた。

 

 科学知と伝統宗教智の統合が世界的に必要とされる時代となったのです。

 冒頭の五つの言葉は、戦後日本社会の科学的発展に伴う「人間の心の問題」を象徴するものです。私は、師野口晴哉より教えを受けた間(1967~76年)に、このような言葉を聴くことで、現代の問題を何気なく理解していたのです。そして五氏の著作を通じて、「科学と現代に生きる日本人の問題」を明確に捉えるようになりました。

五つの言葉は、師野口晴哉が生きた時代を通じての「日本人の心の変化」であり、明治維新以来、百五十年の「日本人の体の変化」なのです。

 

 この背景には西洋文明「近代科学」がありました。

 櫻木健古氏(1924年生・新聞記者)はその著で、明治15(1882)年生れの父親の語った言葉を挙げ、明治以来の日本の近代化・西洋化がもたらした日本人の変化について、次のように記しています(『太ッ腹をつくる本』1975年)。

心の完全に健康な人は10パーセント

  数年前、数え年の八十七で亡くなった私の父は、ボロクソの毒舌でもって天下国家を論ずることを好んだ。

 その彼の毒舌のひとつに、「いまの日本人は、総理大臣以下、一億こぞって腹なしだ」というのがあった。

 明治十五年に生まれ、明治、大正、昭和の三代を生きた彼の観察によると、明治の時代には、器(うつわ)の大きい、太ッ腹の人間が、いろいろな分野にたくさんいたという。大正のころから武士道精神がなくなり、時代がくだるにつれて人間が小粒になってきた。とくに敗戦後、急激に日本人が小さくなった。そのあげくの果てが〝一億こぞって腹なし〟なんだそうである。

「昔はよかった」と言いたがるのは老人の通性だが、しかしこの観察、当たっていないことはあるまいと思う。

   2006~07年のMOKU連載以後、先生の思考が広がり、深化したことが伺えますね。次回は下巻第七章に戻ります。