野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第二章 四7 活元運動についての質問に答えるⅡQ1・Q2・Q3

 7 活元運動についての質問に答える Ⅱ は、主に活元運動をすでに始めている人のためのQ&Aで、より実践的な内容となっています。

Q1 活元運動中に、この動きでいいのかを考えてしまうのですが…。

「内に向かう」という心(潜在意識)のはたらきが弱く、また潜在的に不安なまま活元運動をしていると、「これでいいのかな?」などと考えてしまうことがあります。

 頭が抜け、深いレベルの意識状態になり、本物の運動が出ると、このようなことを考えることはありません。経験のある指導者に導かれると良いと思います。

Q2 運動が終わらない場合、どこまでやったらいいのですか?

「集注力」のないまま、だらだらとした運動を続けている場合が考えられます。本物の運動が出ると、勢いがあり、「終わり」も分かるものです。そして要求が充たされると裡で変化を感じるものです。それで終えることができます。

 活元運動においても、「始めと終わり」がはっきりしている時は終わりやすいですね。しかし、中には本物の運動が何日も続く人があるようです。

 時間的制約がなければ、終わるまでやればよいのですが、時間の都合で終わらなければならない時は、動いている中で、眼を閉じたまま、お腹に息を吸い込んで、「こらえては吐く」を二度、三度繰り返し、息を吸い込んだ時、動きが止まったのを確認したら、右目、左目と開き息を吐きます。このようにして中断することができます。

 

Q3 家で一人で活元運動をして、「オエッ」と吐き気が起こり、気分が悪くなったことがありましたが、どうしてでしょうか(仕事のモードのままで、ゆったりしていなかったかも知れません)。

 頭が忙しい時は行ってはいけません。

 普段頭を忙しく使っている人は、「ぽかん」とするよう、あくびや涙が出るぐらいに、準備運動の「邪気の吐出法」を回数多く行なうと良いでしょう。

 活元運動を行う(活元運動に入る)に適切な身心の状態というものがあり、ある程度出るようになった人は、どういう状態の時、行うと良いかを感じていくことが大切です。

 

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第二章 四6 Q6・Q7

Q6 毎日やった方がよいのでしょうか?また、いつやるといいのでしょうか?

 体の要求として「やりたい時に行う」ということが大事なことですが、初心者は始めから、このような要求が分かるわけではありませんので、一定期間、毎日のように取り組んでみるのが良いと思います。

 一日の内でいつやるかについては、体の硬張りが弛むようにするのが活元運動ですから、寝る前にやるのが一番効果的だと思います。弛むことで熟睡しやすくなるため、私もなるべく毎日行っています。「天心にかえって眠る(本章二 6)」ため、活元運動を活用しましょう。

Q7 意識(顕在意識)や潜在意識、無意識について教えて下さい。

 心のはたらきについて、生理心理学的に心身相関を調べるために、「…意識」ということばが使われます。

 普通、知覚できる意識の作用としては、感覚と思考と感情があげられます。これらは顕在意識(また表層意識)と呼ばれます。

 これに対し、普段の意識には容易にのぼってこない意識があり、精神分析などの方法によって意識化できるものを潜在意識(また深層意識)と言います。

 十分に自覚できない情動が蓄積(感情が陰性的に、かつ瞬間的にはたらき潜在意識化)したものはコンプレックスと呼ばれます(コンプレックスは潜在意識。無意識として扱われることもある)。

 知覚できない意識としては、この他に生命維持作用があり、心臓の鼓動や食物の消化、発汗作用、ホルモンを分泌する内分泌系のはたらきなどは、すべて意識されないうちになされます(自律系・不随意運動)。これを無意識と言います。

このように、人の意識を三つの層に分けて理解するのです。

 活元運動は無意識の運動と言われますが、意識がない状態で行おうというのではありません。意識がありながら心が鎮まっている(瞑想)状態で、潜在意識・無意識が優位になることから「錘体外路系」のはたらきが活発となり、活元運動が発動するのです。

(意識・潜在意識・無意識という言葉の使い方は厳密ではなく、区分の仕方は個人差がある)

 しっかりと鎮まった意識の下に「無意識」の運動(訓練としての活元運動)が行われるのが良く、この時、意識と無意識のつながりが確かなものとなり、運動が発展的なものとなるのです。そして、「意識を以って行うからこそ、無意識を訓練することができる」のです。

意識を閉じて無心に聞く

野口晴哉

2023年1月23日 活元運動の会

以下の通り活元運動の会を行います。

初心の方も経験者もどうぞご参加ください。

活元運動の発動、そして進歩を目指していきましょう。

参加ご希望の方は

soryu0516@gmail.com

にメールでお申し込みください。

2023年1月28日(土)

午前9:15開場 9:30開始

場所 小田急相模原駅近くの施設内

(申し込まれた後にご案内します)

会費 3000円

持ち物 着替え(ゆったりした薄手の長袖Tシャツ・パンツ)、飲料水適宜

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第二章 四6 Q4・Q5

 今回の質問「頭がぽかんとするというのが分からない」というのは、今、野口整体を教えるのがいかに難しくなっているかを端的に表す質問です。本当に何も考えていない状態というのがない人が多く、頭が過敏で休まらないのが常態化していることが多いのです。野口晴哉は現代人のこのような頭の状態を憂いていました。頭の過敏は体の鈍りの問題と一つなのです。

Q4 「ぽかん」というのが良く分からないのですが?

「考える」ことで頭を多く使う現代人には、始め「ぽかん」が難しいものです(頭(意識)に偏ることが現代人の問題点)。

 それまで頭を忙しく使ってきた人は、意識が「ぽかん」とするには、先ず「ぼんやり」とすることです。「ぼんやり」は、あくまで「ぽかん」の始めでしかありませんが、やがて「ぽかん」が分かるものです。そして、本当の「ぽかん」は「天心」というもので、澄んだ心を指しています。

 頭がぽかんとする(「考える」ことが止(や)まる)ことで、体の「感ずる」はたらきとなり、身体感覚(潜在意識)が発達するようになるのです(「頭を熱くしていては感ずるということはない。」野口晴哉)。

 

Q5 活元運動が上手になるにはどうしたらよいでしょうか。

 師野口晴哉は活元運動の「上手下手」について、次のように述べています(『月刊全生』相互運動の心)。

*活元運動の進歩とは自然になること

 活元運動に上手下手はございません。体が鈍っている処を治さなければならないなら余分な運動が出ます。過敏があれば過敏な処が激しく動きますから大きく動きます。けれども、大きく動くべくして動き、動くべからずして動かないのなら別段異常ではない。体の状態の正常な反映として運動があることが良いのです。

 そういう意味で敢えて進歩を言うならば、心が天心で、その人生観が自然に従って素直に生きてゆくということです。そういう自然の感じ方が身につくか、つかないか、意識的な努力、意識的な気張りでやっているかどうかということが、上手と下手を分けると思うのです。

 そういう気張りがだんだん無くなってくると、運動が自然になる。運動の現象が変らなくとも、運動の内容は、その人の心を清めるように動いてゆくと思うのです。つまり上手下手でなくて、その自然の感じというものが身についたかどうかということの方に問題があると思います。

 右の師の観点の他に、次のような面があります。

 活元運動が本物になるまでには積み重ねが必要で、活元運動は続けることで「自分(身体・無意識)に対する信頼」を培う「行」であると思います(信頼によって「自然」が身に付く)。

 それには腰の軸ができることです。つまり、本来の中心である腰の支えができることで運動は大きく変化するのです。その変化とは、上体が柔らかく大きく動くことです。腰の軸が感じられない時には出ない運動で、腰ができ、上体の自由度が増すことは、それまで自分を狭めていたものから解放されるのです。(これが「上虚下実」の身体)

2023年1月28日 活元運動の会

以下の通り活元運動の会を行います。

初心の方も経験者もどうぞご参加ください。

活元運動の発動、そして進歩を目指していきましょう。

参加ご希望の方は

soryu0516@gmail.com

にメールでお申し込みください。

2023年1月28日(土)

午前9:15開場 9:30開始

場所 小田急相模原駅近くの施設内

(申し込まれた後にご案内します)

会費 3000円

持ち物 着替え(ゆったりした薄手の長袖Tシャツ・パンツ)、飲料水適宜

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第二章 四6 活元運動についての質問に答える Ⅰ Q2・Q3

Q2 初めて活元運動を見た時、びっくりしてしまったのですが?

 活元運動の様相に対する予備知識なしで活元指導の会に参加すると、その異様さを怪しく感じて、引いてしまう人が結構いるものと思います。私自身、初めての時はそうでした。

 落ち着いてよく見ると、実は行っている人の「中身」が運動の様子に出ているので、その人の「品」というものが感じられるのです。活元運動は“見るもの”ではないのですが、どうせ見るなら、品の良い人の運動を初めに目にすることで、関心を高めて頂きたいと思います。

「気が乱れると品が悪くなる」とは師野口晴哉の言葉ですが、負の感情が滞り、心に雑念が多くなると(頭がぐるぐるしたことで)気が乱れるのです(品が悪い人とは、このような人)。

 この「気」を調えるのが野口整体で、活元運動を長く行なっていくと、気が調い、動きも洗練され、品の良い運動となって行きます(調身・調息・調心が目標)。

Q3 大勢の中で活元運動をするのには抵抗があるのですが…。

 人間関係で強い緊張を経験してきた人、そうでなくとも大勢が苦手な人は、活元指導の会では弛まないことがあり、活元運動がなかなか出ない場合があります。

 当会では一対一の活元運動指導(個別指導)をしていますので、こういう人はとりわけ個別指導を重ねて利用すると良いと思います。

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第二章 四6 活元運動についての質問に答える Ⅰ Q1

 今日から、金井先生が活元運動についての質問にQ&A形式で答える内容に入ります。『「気」の身心一元論』にもありましたが、その拡大版です。金井先生の活元運動に対する考え方が端的に分かりやすくまとめられており、非常に実戦的なので今後の活元運動の進歩のためにお役立てください。活元運動ってなに?どんなもの?という初心の方にも良い内容だと思います。

6 活元運動についての質問に答える

 当会の「活元指導の会」を主催する者に対して、参加者からのよくある質問を挙げ、私として答えてみます。

Q1 どのくらいやれば、活元運動が出るようになるのですか?

 このような質問はよくされるのですが、これは全く個人差があります。意志を以って活元指導の会に参加しながら、活元運動が出るのに長い期間を要した人もあります。しかし、初めての個人指導の場において、活元運動という言葉も知らず見たこともない(行う意志が全く用意されていない)人で、私が愉気しようとしただけで、それらしき運動が出てしまうこともあるのです。通常は、この両者の中間に当たる人たちがほとんどです。

 運動を誘導するのに愉気を行ないますが、愉気をされた人が気を感受することを「気の感応」と言います。しかし、感応が良くて運動が出ればいいというものではなく、過敏な処だけが動いても自然ではないのです。

 そして、いきなり動いてしまう人に見られる傾向として、「心が忙しく落ち着きがない」という問題があるのです。意識が冷静なことも「整体」である大切な要素ですから、動いたから良いとは決して言えません。活元運動が自然(じねん)の状態になっていることが望ましいのです。

活元運動を行うことで体が整うには、整体であるという「身体感覚」が養われなければなりません。そして、こういう感覚に至るには一定期間を要します(四 2野口昭子夫人の文章参照)。

 また「天心」は「上虚下実」の身体からもたらされます。「腰・肚」を中心とした身体を養うよう、正坐がきちんとできる身体に進んでいくことです。動的瞑想法としての活元運動と、静的瞑想法としての正坐を併せて行なっていくのが良いのです。

 師野口晴哉は、活元運動の発展について次のように述べています(『月刊全生』)。

生きるための教養

…活元運動はやっていくと、体の動きがだんだん進歩してきます。永い間使わない能力ですから、体の方々が錆び付いて鈍っているのです。敏感なら出るべきなのに、鈍っているために出にくくなっている処がある。

 それは、或る過敏な処があって、そこだけで動いていて、鈍い処を立て直すように動いてこない。これからは活元運動自体も、もっと教育して、全体が自由に動くようにしなければならない。ただ動いたから活元運動だというわけではない。動いて、それが体の鈍い処を回復するように動いていく、その時の体の状況に合うように動いていくようにならなければ本当ではない。

 朝も夜も昨日も今日も同じ活元運動というのでは、過敏な処だけ動いて、発展がないのです。そういう場合に体の鈍っている処を少し愉気したり刺激したりすると、活元運動が自由に出てくる。そこで活元運動がスムーズに出てくるようにするために、体の鈍りの調整という技術が要る。活元運動は当然発展しなければならないからです。

 だから、教養として体を正しく保つための教育(思想の理解)ができ、そういう鈍い処に働きかけて、体がノルマル(ノーマル)な状態に帰るように導く技術のある人が活元運動を指導してくれたならば、これはキチンといく。活元運動をやっても、本当に鈍ってしまっている人は活元運動が出てこない。

 個人指導も活元指導(そして個別指導)も、ともに愉気法が基本にあります。愉気法は、人間の裡にある力を喚び起こすもので、繰り返すごとに、だんだん効くようになるのです。