野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第三部 第一章 四2 正坐は「和魂」を養っていた― 正坐が失われたことで日本人の精神性が失われた

2 正坐は「和魂」を養っていた― 正坐が失われたことで日本人の精神性が失われた

 しかし、二 3の引用文傍線部の、ヘリゲルが見た「言葉に言い表すことのできない、一切の哲学的思弁の以前にある神秘的存在の内容を理解する」日本人は、この頃影を潜めつつありました。

 彼が出会ったのは、大正末から昭和の初め(90年前)の地方都市(仙台)での日本人の姿で、東北地方の自然には、まだまだ西洋近代文明を寄せ付けない、日差しの中の生命力と、夜の闇の濃さがありました。

 彼が離れた後の日本(昭和十年前後)は、国中、軍国主義が激化し、生活文化の西洋化が進んで行ったのです。とくに東京は関東大震災(1923(大正12)年)を経て、とみに近代都市に姿を変えつつありました。

 ヘリゲルが帰国した二年後の1931年(昭和6年)、師野口晴哉は、日本固有の精神文明と正坐について、次のように述べています(『野口晴哉著作全集第一巻』養生篇( )内は金井による)。

正しく座すべし

正座は日本固有の美風なり。

正座すれば心気自づから丹田に凝り、我、神と偕(とも)に在るの念起る。

正座は正心の現はれなり。

正座とは下半身に力を集め、腹腰の力、中心に一致するを云ふ。

… …

正座は正心正体を作る、正しく座すべし。

中心力自づから充実し、健康現はれ、全生の道開かる。

日本人にして正座を忘るゝもの頗る多し。思想の日に日に浅薄軽佻となり行くは、腹腰に力入らざるが故なり。

物質文明上、西洋を追及すること急にして、知らず識らず精神的文明上、固有の美を失いつゝあり。

兎角、一般に自堕落となり、浮調子に傾きつゝあり。これ腹力無きが故なり、腰弱きが故なり。

此の時、吾人(私)の正座を説き、正座を勧むるは、事小に似て実は決して小なるものに非ざるなり。

腹、力充実せず、頭脳のみ発達するも如何すべき。

理屈を云ひつゝ罹病して苦悩せるもの頗る多し。

智に捉はれ情正しからず、意弱くして、専ら名奔利走せる(名誉や利益を求めて走り回る)ものの如何に多きぞ。

先進文明国の糟粕を嘗め、余毒を啜りて、知らず識らず亡国の域に近づきつゝあるを悟らざるか。

危い哉、今や日本の危機なり。

 明治期までは、江戸時代までの武士道精神が堅持されていましたが、それは「型」という身体性を以って継承されていたのです。しかし西洋化によって、日本人がその基盤である「正坐」をしなくなり始めたことで、所謂「和魂洋才」の「和魂」そのものが、失われ始めたのです。

 敗戦(1945(昭和20)年)後の高度経済成長下、1960年代からの急激な生活文化の変化(アメリカ化)により、今では畳のない家も普通になり、正坐をしたことのない若者も増えています。

 敗戦と高度経済成長を経てのこの七十年の間、日本人の生活様式の変化は、少年や若者が模倣すべき、様々な価値ある伝統文化の基盤を失いました。これは、敗戦による日本人の文化的信念の喪失が一番の原因ですが、この流れはすでに昭和の初めには確かにあったことを、師の「正しく座すべし」により識(し)ることができます。

 日本人にとって、「坐の生活」が失われたことは、単に「生活が変った」という以上の意味があり、それは、身体的・精神的な土台(骨盤)と柱(背骨)を失い、信ずるもの、つまり「宗教心(生き方・あるべき姿)」を失ったと言っても過言ではありません。

 人間は模倣によって、言葉を覚え、立って歩くことまでも獲得していきます。どの国の人も、その民族としての基盤は、伝統を模倣することによって獲得しているのです。