野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

(補)河合隼雄『宗教と科学』宇宙経験の意味 より

宇宙飛行士の宗教的体験

 ユング心理療法家の河合隼雄は、立花隆『宇宙からの帰還』(立花隆が宇宙飛行士に、彼らの内面的体験を取材し、まとめた本)を引用し、「宗教と科学」という問題に関連付けて論じています。
 初期の宇宙飛行士というのは、理科系の人たちから選ばれることが多い傾向がありますが、その中には大きく分けて、非常に宗教的な体験をする人と、内面的には別に変わりないという人がいるのだそうです。
その中から、宗教的体験をした人の一人、アポロ9号に乗ったアメリカの宇宙飛行士シュワイカートの述べた内容を紹介します。

「宇宙体験はきわめて深遠なものである。しかし、単に宇宙に行ったからといって、それが意識の変化を生み出すわけではない。宇宙に上がっても、あなたは依然としてあなたなのである。もし、あなたが「仕事の鬼(ワーカホリック)」や「融通のきかない」タイプの人間ではなく、開かれた人間であればその体験は、異なった意味や意義をもつことになるだろう」…「体験に対して心を開かなければ、どんな体験もメカニカルにすませ、無意味に終わらせることができる。」
 シュワイカートはアポロ9号に乗って宇宙に出て四日目、船外に出てある実験をしようとしていたとき、写真機が故障し船長のスコットがそれを修理する間の五分間、貴重な「無為の時間」を得たのだ。彼は宇宙空間にポツンと浮いたまま、完全な静寂のなかにいた。はるかかなたには地球が見えた。彼はそこで次のような体験をする。

 

私は、それが個人的な体験だとは思わなかった。おこがましい言い方になるかもしれないが、人類を代表してというか、人間という種を代表して、自分がそこにいると思った。自分を自分という一個人と見ることができなかった。何か体験している最中に、その体験している自分を意識が客観視して見るということがあるだろう。まるで、意識だけがちょっと離れたところにいって、そこから他人を見るように自分を見るという感じだ。

 

シュワイカートもここである種の意識の変容を経験している。彼はこれを「エゴが高揚するハイの瞬間(ハイの瞬間はたいていそうなのだが)ではなくて、エゴが消失するハイの瞬間だった」とも表現している。自我の意識が消失し、なおそこに意識の高揚が感じられる、というのである。
…彼は「神」という言葉を用いないが、彼の経験が「エゴの消失」の瞬間だと言っている点で、通常の自我を超える経験の存在を認め、それが彼のその後の人生に大きい意味をもったことを認めている。そのような「超越」的経験を人生観の中心に置こうとする態度は「宗教的」と呼んでいいのではなかろうか。ただし、彼は特定の「宗派」に属することはハッキリと拒否しているのである。

  脊髄行気法の文章を書いていた当時、金井先生は医師の塾生から『地球/母なる星』をプレゼントされました。そしてその後、河合隼雄ユング心理学について勉強していた時、この内容に出会い金井先生と一緒に読んだという思い出があります。金井先生は非常にこの文章が気に入っていました。