野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第五章 野口整体と心身医学の共通点 二4①

心身症と陰性感情― セリエのストレス学説

  野口晴哉先生は、セリエのストレス理論を「上下型2種の病理をほぼ完全に説明している」と述べています。しかし、「こうも頭で生きる人が増えてしまった」(野口晴哉)現代においては、このストレス理論はより普遍的になっていると言えます。

 池見酉次郎は「心身医療のゴールは実存的目覚めである」と言いました。

 金井先生も病症の背後にある心理傾向として、自分の存在感の希薄さや、周囲の人や物事に対し、主体的な関係性を持つことが出来ず、「人にどう思われるのか気になる」とか「人に良く思われたい」「認められたい」という意識が強い(つまり良い子をやっていて、「べき論」などの建前が先行し、自分でも本音が分からない)とよく言っていました。野口晴哉先生も講義の中で同様の指摘をしています。

 大脳型と言われる上下体癖のみならず、現代人共通の問題として読んでみてください。 

①ストレスとは

池見酉次郎氏は、不安や怒りなどの「陰性感情」について、次のように述べています(『心療内科』)。

体に吐け口をもとめる感情のもつれ

 ノイローゼや心身症の症状の発生や経過に一番大きな影響を及ぼすものは、なんといっても、恐怖、不安、怒り、敵意、悲しみ、焦り、恨み、失望、罪悪感などの、つよい感情である。

 これらの感情は、それに相応する適当な言動によって、うまく発散、処理されている間はまず無難である。しかし「鳴かぬ蛍が身を焦がす(註1)」といわれるように、つよい感情がその正常な吐け口をとざされて内にこもると、特に人間としてもっとも切実な欲求(註2)が満たされないばあい、後に述べるようないろいろな心身両面でのからくりを通じて体にさまざまな症状を現わすのである。

 ここでは、これらの強い感情やその抑制によって、本当に身体症状が現れるのだということの、実験的な証明のみについて述べることにする。

 (註1)鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす 口に出してあれこれ言う者より、口に出さない者のほうが、心の中では深く思っていることのたとえ。これに類似する言葉「物言わぬは腹ふくるるわざ也」

(註2)欲求 生理的な欲求と心理的な欲求、愛情についてや、所属・承認・自主独立・成就・優越の欲求、依存などの欲求がある。

 

 氏が言う「心身両面でのからくり」とは、生理学者ハンス・セリエの研究による「ストレス反応」と呼ばれるもので、彼は「人が外部環境からの刺戟にさらされ続けた時、どんな反応が起こるか」を研究し、1936年、ストレス学説を発表しました。

 ストレス反応は生体の自然な適応反応と考えられているものです。そして、ストレスには生体に有益である快ストレスと不利益である不快ストレスの二種類があり、ストレスが存在しなければ、本来的に有する適応性が失われてしまうため、適度な量のストレスは必要です。しかし、過剰な不快ストレスによってバランス(恒常性(註))が失われてしまう場合があるのです(強い不快情動による)。

  このように、ストレス反応とは、何らかの刺激や(相手の)要求(=ストレッサー(註))に対応しようとする生体の反応・緊張状態(=ストレス)のことで、心理面、行動面、身体面の反応として現れ、情動によって生体の諸バランスが崩れた状態から回復する際に生じる過程を意味しているのです。

★ストレッサー には大きく分けて次の三つが挙げられる。

・生活環境ストレッサー 人間関係や、環境の変化

・外傷性ストレッサー 地震、災害、事故、戦争被害や性

的被害など、その人の生命や存在に影響をおよぼす強い衝撃をもたらす出来事

心理的ストレッサー 自身の否定的な予期や評価

 ストレッサーによってストレス反応(陰性感情によって不快情動)が起きるのですが、ストレスに対する抵抗力(ストレス耐性)や、何を不快と感じるかには個人差があり、同じ状況にあっても、全ての人が同じ反応や症状を示すわけではありません。

 (註)恒常性(ホメオスタシス

1927年、米の生理学者キャノンが名づけた生体が生命維持のために持つ「環境適応能力」のこと。外部環境が変化しても、人体の内部環境がそれによってかき乱されることがないように、安定した状態(恒常性)を常に維持する仕組み。自律神経系・内分泌(ホルモン)系・免疫系の相互作用によって保たれる「自然治癒力」のことである。

 たとえば、皮膚から出血したときに血液が自然に凝固する、体温が高くなると皮膚の汗腺の発汗作用が身体の熱を奪って体温を下げる、血液が酸性にもアルカリ性にも偏らないように調節する、血液中の糖分や塩分の割合を一定に保つ、あるいは体内に侵入した細菌に対して抗体をつくる免疫反応などである。こういうホメオスタシスの機能が失われると、人体は危険な状態におちいる。

 西洋の医学史でも、近代以前のガレノスの伝統では、自然治癒力という考え方は医学にとって基本的な重要性をもっていた(註)。しかし近代医学になると、人体の各部分に局在した機能に注目するようになったので、自然治癒力というような全体的な考え方は廃れてしまった(東洋では保たれてきた)。(湯浅泰雄『気とは何か』より編集)

(近藤)ガレノス医学はカトリック教会が認めた正統医学であり、神の与える恩寵として自然治癒力が理解されていた。東洋のように個々の人間の生命力と秩序形成力に注目する視点とは異なる。