野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

野口整体と科学 第一部第一章 野口整体と西洋医学―身心一如(一元論)と心身分離(二元論)二5①②

5 ヴェサリウスの解剖学・ハーヴィの生理学が影響を与え、デカルトの機械論的生命観が確立

①ガレノス医学の生命原理

 ガレノス医学では、生命活動を霊魂精気(脳・神経)・生命精気(心臓・動脈)・自然精気(肝臓・静脈)と、血液運動によって説明しており、それは次のようなものでした。

 食物は腸から吸収されて肝臓へ行き、自然精気を含む血液となって静脈を通り全身に浸透します。

 肝臓で作られた一部の血液は心臓の右心室に入り、左心室との隔壁にある小さな多数の「孔(あな)」を通って左心室に流れ込み、左心で肺から来る「プネウマを含む吸気」と一緒になり、生命精気を形成します。

 そして、心臓の圧力ではなく血液自身の力によって、動脈を通って全身を満たす(これが拍動)と考えられていました。

(ちなみに脳に行った生命精気は霊魂精気になって思考活動を支え、また神経を通って全身に配分され運動や感覚を司る)

 また、心臓は「体温」によって血液を浄化する場所で、不要物は心臓から肺を通って呼気となります。

 このようにガレノス医学では血液のほとんどは精気として身体に浸透するため、循環することはなく、また心臓が物理的に血液を圧し出すとは考えられていませんでした。

ヴェサリウス解剖学の持つ意味

 しかし、人間の心臓の壁には、孔が無いのが正常であるため、ガレノス医学の解剖書の記述に事実と違う点があることが、問題となりました(当時の身体観では、心臓は体の中心的臓器)。当時、解剖実習時、実際の臓器と文献の記述が違っていても、文献を正としてきたのです。

 その風潮の中、ヴェサリウスは「心室の中隔壁には血液を通す「孔」など見えない」が「神の摂理に驚く」、また「神経には霊魂精気を通す通路は見出せない」と、自分の手で解剖し、実際に目で見たこととガレノス説の違いを認める立場に立ったのです。

 当時、ガレノス医学は教会の認める正統医学として最高の権威を持っており、千三百年以上前の文献であっても、異を唱えることは教会批判ととられかねない時代であったため、これは非常に勇気の要ることでした。

 山本義隆氏(科学史家)は、ヴェサリウスが医学に与えた影響について次のように述べています(『一六世紀文化革命』)。

ヴェサリウスと解剖教育の刷新

ヴェサリウスは医学の研究と教育にとってきわめて重要な寄与をした。

第一には、医学と医療における手仕事の重要性を主張し、実践したこと、

第二には、医学の研究を文献の解釈から人間の解剖に向けさせたこと、

そして第三には、医学教育における視覚情報の重要性を明らかにしたことである。

ヴェサリウスの提唱した研究と教育の方法は、その後の人たちにガレノス教条主義を打破するための強力な武器を提供することになり、やがて血液循環の発見にいたる道を切り開いてゆくことになる。

…1628年のハーヴェイ(ハーヴィ)の書には「解剖学は書物からではなく解剖から、また哲学的信条からではなくて自然という仕事場からこれを習得し、また教えられるべきものである」とある。このハーヴェイの宣言にヴェサリウスの影響を鮮明に認めることができる。

 右文中の教条主義とは、現実を無視し、特定の原理・原則に固執する応用のきかない考え方や態度を指しますが、それは、中世の大学で教えるガレノス医学は文献学であったからです。

 そして山本氏は、正確な図版を大量に普及させる印刷技術と、解剖図を描いた画家の技術(ダ・ヴィンチに始まる)が、視覚情報を伝達することを可能にしたことが、生物学・医学に与えた影響は大きく(視覚の特化・第四章一 2で詳述)、ヴェサリウスの解剖書は近代科学に影響を与える出発点となったと指摘しています。

(註)ヴェサリウスの解剖図には、よく見ると違っているところや、ガレノスの論述のままであったりするところがあるという指摘もある。(近藤)