野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

金井先生の個人指導1

暗い雲の向こうはいつも蒼い情動の持続と抵抗力(自然治癒力)の低下

  野口整体では、体の歪みや硬張りのことを「偏り疲労」と言います。これは意欲的、自発的に何かをした時、身心が統一し集注した状態で何かをした時には全身が疲れ、睡眠によって疲れが抜けるのですが、そうではない時に体の一部だけが過剰に疲労し、かつそれが弛まなくなってしまうということです。

 そうなると、自分ではどこがどう疲れているのかが自覚できず、やる気がない、行動できない、眠っても疲れが抜けない・・・という停滞した状態に落ち込んでいきます。疲れている(硬張っている)のは一部でも、疲労感は全身に及ぶのです。

 また、この偏り疲労が起きやすい体の部位というのは、その人その人で違い、感じ方も違いますし、ある一定の型があるものです(偏り疲労習性という)。

 こうした偏り疲労が起こるきっかけとして「不快情動」に焦点を当てるという観方を確立したのが金井先生でした。情動エネルギーによって背骨が歪み、同時に筋肉が硬張って姿勢、また内臓のはたらきまで変化するのです。

 そして、ここを入り口として、偏り疲労習性の中にある潜在意識と体癖による、自分の感受性を理解していくのです。

 生命が自然な状態を保っていれば、体が偏よった時、発熱、腰痛や肩こり、頭痛などの痛みなどが起き、それによって滞留した情動エネルギーを分散し、偏った状態から脱しようとします。

 それは、偏り疲労が続くと五感(外界感覚)・身体感覚(身体感覚)がともに鈍り、適応が難しくなるのみならず、恒常性維持機能(ホメオスタシス)そのものが低下するからです。野口晴哉先生は次のように述べています。

人間の体は絶えずどこかが毀れている。そしてそれを、絶えずどこかで治している。毀したり治したりしながら生きているのである。だから、治っているから健康であるとか、毀れているから病気であるとかの区分はつけられない。

すり傷はヒリヒリ痛む、しかし強い打身は痛みを感じないで、後になって大きな変動の基となる。癌にしても、肝硬変にしても、脳溢血にしても、皆その間際まで自覚症状がないが、それを、倒れる直前まで健康だったと言えるのだろうか。

私は多くの人々に活元運動を奨めてきたが、その目的は体を整えることであって、病気が治ったり、病気にならなくなったりすることではない。異常を敏感に感じて素早く対応できる体にする(整体になる)ことであり、弾力ある体の状態を保とうとする働きを活発にすることを言うのである。「健康とは病気にならないこと」という観念から脱却すべきだ。(野口晴哉『風声明語』)

 

 整体とは、異常を敏感に感じて素早く対応できる体であるということで、そのために起こるのが病症である―という理解が必要なのです。