もう一つの身体―解剖生理では見えないものを対象とする野口整体
これは以前、金井先生の講義を受けていた医師から聞いたのですが、彼は実際に整体の観察や処に触れる実習をやってみて、一番驚いたのは「頭蓋骨や肋骨などの骨が動いたり変化したりすることだった」と言いました。
あの硬い骨が動くなどということは、解剖などで見てきた「骨」からは想像もできないことなのだそうです。
他の医師に「骨は動くと思う?」と聞いても「動くわけがないでしょう」という反応がほとんどだったとのことでした。
たしかに骨は体を構成している器官のなかでは一番「無機的」な感じがしますし、筋肉とは違って硬く動きそうもないのですが、実際、良くも悪くも骨は動いています。形までもが変化します。頭蓋骨に穴が開いてきたり角のように尖ったりします。それも「心(情動)」の動きとともに動くのです。
動くのは生きている骨であるからで、解剖実習の時見る死んだ骨ではないからです。東洋では生命力の中心とされ、整体操法ではその力を呼び起こしていくことを目的とする「丹田」も、解剖では決して見つかりません。
野口晴哉先生は前回述べた整体操法制定の際に得た身体観(生きて、動いて、常に変化する身体)によって「整体操法は解剖学的な知識から解放された」と述べています。
戦後、身体の調律点の位置を解剖学的見解(西洋医学)とすり合わせを行えば、整体操法が厚生省の承認を受けられるという話が来た時、担当官は解剖学的に神経系統の位置と合わないと、実験もせずに調律点をずらしてしまったのだそうです。それは受け入れられなかったので認可は受けなかったとのことです(『月刊全生』より)。
ちょっと話が逸れましたが、こうして金井先生は、この医師との出会いによって、西洋医学と野口整体の違いはどこにあるのかという関心を強めていったのです。
そして西洋医学の心身観の大本にあるのは近代科学の見方というところから、近代科学についての関心を深めていきました。
ここからは、近代科学的見方の特徴と、それが私たちに与えた影響について述べて行こうと思います。