野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

修行と目的論的生命観―風邪の効用 8

全生思想という目的論的生命観

 私は以前、NHKの「爆問!」という番組で、粘菌にも「快・不快」があり、粘菌は快の方向に向かって動き、増殖していくが、不快な環境だと動きを止めてしまうという様子を見たことがあります。

 このように、情動の一番原始的なあり方というのは「快・不快」とそれに付随して起こる反射的な体運動であると言えましょう。

 金井先生は下巻で、

 私の個人指導では不快情動により、感情エネルギーが「身心」(意識下)に停滞している状態を観察しますが、情動の滞りを観るのは、滞り(硬張り)が「要求を実現するための運動」を不活発にするからです(意識下に抑圧された陰性感情は、「主体性を損なう」はたらきとなる)。

と述べています。

 粘菌はそのまま止まってしまいますが、人間には与えられた環境を超える力=運動系(錐体路錐体外路)と脳のはたらきがあります。それは情動を自覚し、鎮めることによって発揮され、生きる道を拓いていくのです。

 湯浅泰雄氏は「東洋の修行の目的は情動のコントロールにある」と論じ、金井先生はそれに共鳴していました。

 制御とは抑圧ではなく、身体感覚を通じて情動を自覚し、それによる緊張を弛めることです。こうして心を静め、無心となることによって現在の自分を超える、というところが「養生(身をたもつ)・修養(型)・修行」という日本の身体行には共通しています。

『病むことは力』『「気」の身心一元論』を読んだことのある人はご存知かと思いますが、金井先生自身が「私は母親のお腹にいた時から、人に充分守られて生き、育ってきたという時がありませんでした。」と言う環境に生まれ育ちました。

 乱暴に言ってしまえば、自分ではどうすることもできない時から「不快」のまま放置されてきたということす。これでは脳も運動系も十全に発達することはできませんし、恐怖や怒りが内攻し「あきらめと絶望」という健康に生きる上で最も脅威となる潜在意識が形成されることになります。

 先生は「自分は体が十分ではない」と言うことがありましたが、確かに丈夫な体ではありませんでした(一方、感覚の鋭さにもなっていた)。そういう自身の潜在意識と対峙し、整体を通じてのり超えようとし続けたのが先生の一生であったと思います。金井先生は下巻で次のように述べています。

 

(金井)人間は誰しも潜在的可能性を有しています。そして、常にその可能性を実現しようという運動の途上にあり、変容し、成長し続けようとするのです。元より(ユングの思想を湯浅氏、河合氏を通じて知る以前から)私は、師の全生思想を、「可能性の実現」と捉え、この道を精進してきました。

 師野口晴哉は、「全生」について次のように述べています(意識以前にある自分『月刊全生』)。

意識以前にある自分

・・・人間の理解にはいろいろな方向があるけれど、私たちが、自分の意識以前の力をできるだけ発揮できるような理論、或いは理解の基に行動してゆくことが、全力で生きるという「全生」ということに最もよく通じると私は思っている。

…私はどんな瞬間にも全力を出し切って生きてゆく為に整体の方法を説いています。全力を出し切って生きているものは、いよいよその全力が増えてくる。だから意識以前に持っている自分の力を出来るだけフルに発揮させ、意識して考えている錐体路を、遙かに越えた力を出そうではないかというのが「全生」という意味であり、そういうつもりで機関紙の題にしているのです。

(金井) このように師は、全力を発揮する(全生する)ためには、理論と理解(=思想)が必要だと述べています。

可能な限り自らの生を活かそうとする力がはたらくのと、そうでないのとでは、長い年月の間には格段の差異が生じます。このために、野口整体の全生思想(=気の思想)があり、これは目的論的な思想なのです。

 

 病症の経過は、金井先生が自分に課した、最も中心にある行であり、経過を通じて新しい自分が生まれるのを確かめて来たのです。それは息を引き取る最期の瞬間まで続いたと私は確信するようになりました。

 野口先生が60代半ばで亡くなったことについても、「早い」とかいろんなことを言う人がいます。金井先生が大腸がんで亡くなったことも、いろんな受け取り方をされるかと思いますし、そういうことで説いた内容の価値まで量る人もいると聞いています。

 いろんな判断をされるのは仕方がないのでしょうが、問題は、自分が生きる上で意味のあるものは何かということだと思います。

 野口先生が言った言葉を教条的に「正しい答え」と信じてしがみつくのではなく、思想を理解し体得するという道を身を以って示してくださった金井先生に、私は心から感謝しています。

つづきます。