野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

心療整体と五氏の思想との関わり―野口整体とユング心理学 巻頭二①

心療整体と五氏の思想との関わり

 巻頭 一「潜在意識は体にある!」は、すでに著書に収録されているので省略し、この原稿で加筆された二 心療整体と五氏の思想との関わり を紹介します。

 

本書でこれから紹介する五氏

  第一章で取り上げる「からだ言葉」が私の十八番(おはこ)であることから、『からだことば』(早川書房)という著作に出会ったことが、立川昭二氏との出会いとなりました。

 潜在意識を理解する上で、からだ言葉は大いに手がかりになるものです。からだ言葉を生みだした日本人の感性による健康と生き方を一つに捉えた、江戸時代の「養生」という思想について立川氏に学ぶことになりました(第二章で詳述)。

そして本書は、ユング派の心理療法家であった河合隼雄氏が説くユング心理学と、哲学者の湯浅泰雄氏の説くユングと東洋宗教とのつながり、という視点を基盤として書き表したものです。

 河合隼雄氏は、日本人で最初にユング派分析家の資格を取得し、ユング心理学を日本人に適した形に修正し紹介しました。日本人と西洋人の心の構造に違いがあることを比較文化論的に指摘し、専門家のみならず一般のレベルにまで、日本にユング心理学を知らしめ普及させた氏の功績は測り知れないものがあります。

 湯浅泰雄氏は、東洋の智に強く関心を持ったユングに導かれ、西洋と東洋の知の伝統の性質の違いについて研究し、自己の「内なる世界」を探求するため「身体」に取り組むという、東洋的「身体論」を展開しました。

 ユングは、療法家として関わる他者のみならず、自身の体験をも通じ、人は人生が「行き詰まり」になった時に病むのだと捉えました。そして、ヨーガと瞑想による自身の病症経過をも通じ、病症は未来におけるより良い生き方を創り出そうという無意識の「試み」であると理解したのです。その人の心が持つ自己治癒(内的な成長)の力を基盤に心理療法を行ったユングの思想は、現代において様々な分野にも影響を与えています。

 そして、「分析家自身が分析を受けなければならない」(A・ストー『ユング河合隼雄岩波書店)と、心理療法家の教育には分析を受ける(自分の潜在意識を知り、無意識には自己が存在することを理解する)ことが必須である、としたのはユングが最初であるとされています。ユングは「医者が自分自身および自らの問題への対処の仕方を知っているときにだけ、患者に同じようにするよう教えることができる」のだと悟り、それを後進の教育へと活かしたのです。

 この自分自身の問題の解決と成長(深化)が、他者の問題の解決への道筋を拓くという内容は第三章で詳述しますが、これは、私の個人指導とユング心理学(での心理療法)との重要な共通点となりました。

 本書でのユング心理学の内容は、私自身が行ってきた野口整体とのつながりにおいて捉えたものです。そのため、ここで扱うユング心理学の範囲は自ずと限定されていますが、野口整体を「人間の潜在意識を理解し、その力を発揮するための智」として伝えるため、河合隼雄氏と湯浅泰雄氏の著作を基にユング心理学を援用することとしました。

 なお、私の個人指導のあり方は、『病むことは力』に著したように「心療整体」であり、それは、感情(心)が具体的客体として表れた身体を観ているものです。

 この感情、そして身体感覚を重視するという野口整体金井流のあり方が、日本心身医学会の初代理事長・池見酉(ゆう)次郎氏(1915年生)の思想に近似するところから、本書執筆中において、「心療内科」の学問的基盤「心身医学」の思想(池見氏著作数冊)に深く取り組むことになりました。

 

 心身ともにひ弱で胃腸症状に悩まされ育った池見氏は、母の勧めで医師を志し九州帝国大学医学部に進みました。

 旧制高等学校時代に、ある宗教団体で精神の転換により見違えるほど逞しくなった氏は、精神身体医学(心身医学)について考えるようになったのですが、当時の日本ではそのような医学を学ぶことはできませんでした。しかし1950年、アメリカに渡り心身医学の実際を見聞し、帰国後は心身医学の研究一本に打ち込むようになったのです。

 池見氏の活動は「精神を忘れた『医学』の機械化を正す(註)」ことが目的でした。そして、その思想とは、心と体に悪影響を及ぼす陰性感情と、身心の正常化機能の鍵となる身体感覚を重要視し、自分の健康と幸せを自分で守る「セルフ・コントロールの医学」を提唱する、というものでした。

(註)『医学』の機械化 西洋近代医学は、近代合理主義哲学(近代科学の基盤)の機械論的世界観 ― 人間の体をも含む自然界を機械として捉え、人間が理性によって支配できるとした ― による科学の「自然支配」というあり方に強く影響を受けたもの。