野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

第四章 野口整体とユング心理学― 心を「流れ」と捉えるという共通点 補足3・4

補足3 アドラーの個人心理学

 アドラーはウィーンに生まれ、1902年フロイトの研究サークルで精神分析の初期の運動に参加しましたが、フロイトとの意見の相違のため、1911年離別しました。アドラー心理学は個人心理学という名称です。

 アドラーは、人間が抱える問題はすべて対人関係上の問題であると考え、対人関係から葛藤や苦悩が生じるとしました。アドラーは、本人に意識できない心と身体、意識と無意識、感情と思考などの分裂・葛藤はないとする立場に立っています(ユングとの相違)。

 個人心理学の代表的な基本前提として、個と全体の関係があります。

 個人とは、それ以上分割できない存在(individual)であるという考えにもとづき、個人の主体性、創造性を大切にし、それが個人の変化、変容を可能にする根拠とします。

 日本ではコンプレックスとは「劣等感」だと思っている人が多くいますが、これは敗戦後、アメリカから入ってきたアドラー(1870年 オーストリア生)の「個人心理学(註)」の影響によるものです。

 アドラーは「劣等複合(劣等コンプレックス)」をその理論の中心に置いており、この「劣等複合の克服を通じて人格の発達が成立する」とした理論は、日本人には親しみがあったようで、戦後の日本では、フロイトの理論(註)よりもアドラーの理論が流通し広く受容されました。 

 こうして劣等コンプレックスが特に流布したため、日本の日常用語で、コンプレックスは劣等感を意味するようになりました(劣等感とは、「自分は劣っている」と、主観的に感じること。これは、あくまでコンプレックスの一つであって、「コンプレックス=劣等感」とするのは誤用。師野口晴哉は「劣等感は優越感と同じもの」と語った)。

 アドラーは「権力(優越)への意志(人の上に立ちたいという欲求・人を思うように動かしたいという支配欲)」を中心に人間の心理(欲動)を考えました。これが自己中心的に働く時、性格上の問題となったり、神経症になるなどの問題が起きるのだと考えたのです。

 アドラーは、人を支配する力を強めることを目的とした努力は、心理的な発達を停滞させ、「勇気は厚かましさに、服従は(敬意に基づく礼としてではなく)臆病に変わり、そして優しさは、他者を譲歩や服従や屈伏に至らせようとする奸智(狡さ)に変わりうる。」と述べています。

 アドラーが遺した劣等感の概念は多くの問題を解決し、人々に希望を与えましたが、一般的な「劣等感」と、彼のオリジナルの概念とは少し違っています。彼は、劣等感が生じる理由について次のように考えました。

「ある人の過大な目標と、その人自身との間の距離が大きすぎると、一種の劣等感が生じることになる。その距離は彼を圧迫し、彼の心をそれで一杯にしてしまうので、彼の態度やライフ・スタイルから、彼が目標からまだ遠く隔たっているのだという印象を受ける。

 そういう人間は、自分を低く評価し、自分に不満足を感じているので、たいていの場合、他者と自分の関係はどんな具合か、他の人は何を達成したか、などと絶えず他人と比較する態度に陥ることになる。そして自分が軽視されているなどと感じるのである」。

 そして、劣等感を理由にして人生上の課題から逃げようとすることを「劣等コンプレックス」と呼んだのです。そして行動異常や不適応、心の病などの原因を、価値や能力が劣っていると思っている人が、他人を自分の思うように動かしたいという目的を実現しようとしての行動と見ました。

 ユングの無意識に具わる目的論的機能という見方とは異なりますが、このような見方から、アドラー心理学も目的論的と言われます。

 社会的成功を求める努力が良しとされている資本主義の国アメリカでは、アドラー心理学は若い世代や中産階級以下の人々(成功を得ていないと感じている人々)にも広く受け入れられるようになりました。

 劣等感は、成功への動機付けとしてうまく働けば、大いなる原動力になるのですが、すべての人に人並み以上の才能が与えられているわけではありません。出発点が低くて、平均値にたどりつくまでに相当の時間がかかる人もいます。

 こういう人にアドラーは「他の人より時間を多くかければよい、努力を放棄してはいけない」と、劣等感をプラスに働かせる方向に導くことで、自分の劣等性を克服することを説きました。そして、社会の一員として全体のために働くことのできる人間へと教育すること(註)が大切だと考えたのです。

 こうして、フロイト心理的問題の原因を幼児期の抑圧にあるとしたのに対し、アドラーは「権力(優越)への意志」にあるとする心理学を樹立しました。

(註)フロイトの理論(精神分析学) 早くから日本では、フロイト精神分析は心理学・精神医学上の学説として入って来ていたが、幼児期の欲求不満を充足させようとする衝動と「性」が中心的な位置を占めていた精神分析は、日本人の心理にはあまり適合しなかった。 また、アドラーはロシヤ生まれの妻、ライサをはじめとして、社会主義者との親交が多かったので、早くから社会的観点をその思考のなかに取り入れて行った。後に、深層心理学のなかで社会的・文化的要因を重視しようとする各派が発展してくるが、大なり小なりアドラーの影響を受けていると言うことができる。

補足4 中村天風の説くコンプレックス

 深層心理学で言うところのコンプレックスに相当する心のはたらきについては、中村天風師(天風哲学は下巻で詳述)も説いており、その弟子南方哲也氏は次のように述べています(『天風入門』講談社)。 

第二章 潜在意識への対策

…心は実在意識(表面で働く意識)だけでなく、心の奥にもう一つ潜在意識という心の倉庫があります。人々が物事を考える時には、この心の倉庫の中から思考の素材が取り出され、思考が組織的に組み立てられていきます。その組み立てるための材料が観念要素です。

 観念要素が消極的だと消極的な思考が組み立てられ、観念要素が積極的だと積極的な思考が組み立てられます。

2 現代人の弱い観念要素を強くする

 怒り、怖れ、悲しみ、恨み、嫉み、憎しみ ―― これらの消極的な観念要素が潜在意識の中で重要な位置を占めていると、弱った、困った、希望が持てない、お先真っ暗だ、とてもやりきれない、死んだほうがましだ ―― などといった消極思考が心の中で渦巻きます。さらに、心配、煩悶、不安、焦慮(しょうりょ)、失望、落胆といった消極感情が実在意識の領域を占拠していくようになります。消極的な観念要素が潜在意識の領域を占拠し、それらが実在意識領に再生されて、思考や感情の成立に悪い影響を与えていくのです。

   中村天風師は「消極的な心がいかに人生を駄目にするか」を自身の体験を通じて語り、心が「積極(せきぎょく)」(消極に相対的な積極ではない絶対積極)であることを説いた人です。