第五章 野口整体と心身医学の共通点 三1
三 情動に着目する心療整体― Iさんの指導例
今回から、金井流整体個人指導の心身医学的解説とも言うべき、指導例を用いた内容に入ります。
今回紹介するIさんは、金井先生の指導を受けていた人の中ではお世辞にも優等生とは言えない人!なのですが、先生からよく話を聞いたり、この指導例の文章を作る時、直接話を聞いたりしたこともあって、私にとっては思い出深い人です。
また、Iさんが優等生ではない故に?負の生活パターン(不整体)の実態や、情動と向き合うことがいかに「言うは易く行うは難し」であるかがよく分かる内容になっていると思います。
では、本文に入りましょう。
1 不快情動と食べ過ぎ・飲み過ぎ
2004年3月から指導に通うようになったIさん(男性)は、指導の通い始めに「膵臓が悪い」ということを訴えていましたが、この人を観てきて分かって来たのは、この原因に「食べ過ぎ」があり、おまけに「脂っこいもの」を食べたくなってしまうことでした。
脂肪の取り過ぎと膵臓の関係、ストレスと高脂肪の食べ物の関係は医学的によく知られている(註)ところです(一般的に西洋医学では、ストレスは外から来るもの・社会的原因であって、内側のこと・心は取り扱わない)。
(註)脂肪を分解するには膵液を分泌する必要がある。また、ストレスを感じている時に高脂肪の食べ物を摂ると、脳を「快」の状態にする脳内化学物質が分泌されるため、ストレスが続くと脂肪の摂り過ぎが習慣化しやすくなり、膵臓が過剰に働くことになって負担をかけるという機序が近年明らかになった。
「この人が、どういう時にこのようになるか」ということが、私にとっての最大関心事なのですが、表面的には大人しく見える顔立ちの(気が弱そうな)この人の〔身体〕(心が表れている身体)を長く観る間に、実はとても執念深い(凝固した)感情を観察することができました。
それは、自営の測量士であるIさんが請け負った仕事の請求書に対して、思ったような時期に相手側から支払われないと、「怒り」が発生し、その後、この不快情動(ストレス)が持続しているという問題なのです。
このように「抑圧感情」が鬱滞している時、特に脂っこいものが欲しくなり、食べ過ぎが続いてしまうという生活パターンが分かってきたのです。
これは、Iさんが個人指導を続ける中で、観察をくり返して得られた、彼の「問題の核心」というものでした。しかし当初本人には、この「抑圧感情」への自覚は全くなかったのです。
(この時点では、本人が感情に無自覚であったことから、「抑圧感情」を主題とする対話が困難でした。これは、幼少期の母子相互の感情面での交流が阻害されていたことによる。)
指導の通い始めには、「これまでよく深酒をしてきた」と話していました。これも、本人にとってはストレス解消の方法であったわけですが、それで真に解消されることはなく、家長の立場が危ぶまれる生活を続けていたのです。
このような生活習慣の結果を医学的に診断して、膵臓の状態を科学的に理解することは、アルコールや脂肪(脂っこい食べ物)と膵臓の関係だけが問題となり、「感情」については云々することはないのです。ここにも、「物質的な因果関係」を探求する科学の特徴が表れています。