野口整体と科学 第一部第一章 野口整体と西洋医学―身心一如(一元論)と心身分離(二元論)三2
二で述べてきたように、近代以前の西洋医学は、キリスト教神学を思想の枠組みとしていましたが、近代西洋医学は近代科学を思想の枠組みとしています。一見、そこには大きな断絶があるように見えますが、そこには西洋的な心身観、生命観という文化的伝統が受け継がれています。
しかし今回は、近代科学の柱「心身二元論」、次回は「物心二元論」と近代西洋医学について、石川光男氏の引用を基にお話ししていきます。
2 西洋医学は、近代科学の「思考の枠組み」を基盤としている
続いて石川氏は、医学に「心身二元論(心身分離=心と体が分かれている)」が反映していることについて、次のように述べています。
文化を支える分解思考
私たちが病気になった場合に見られるもう一つの医学的な「常識」は、病気は身体という物質の異常で、精神の異常ではないと考えることである。
私たちは自分自身が身体と心の両方から成り立っていることを実感として知っているが、身体と心を完全に分離して、病気は身体だけの異常と考える思考習慣も、科学特有の分解思考に根ざしたものである。
西欧に発達した近代医学は、病気の原因を物質だけに限定したお蔭で大きな成果をあげることができた。十四世紀にヨーロッパで猛威をふるったペストに対して、祈禱のようなおまじないや、それまでの古い医学は役に立たなかった。
ペストの原因は物質としての病原菌が伝染するためで、悪魔のせいでもなく、また病気の原因が何もないところから発生するものでもないことを知ったことは、近代医学の発達のための貴重な第一歩であった。
先の1の引用文は人体解剖学による内臓中心の、また、この2の引用文では物質医学としての、西洋医学のあり方を表しており、部分である内臓や身体と、持ち主の心との関係を問うことはありません。
人間を心と体に分け、さらに体を部分に分けて(心身二元論により心と体を分離し、さらに体を構成要素に還元する)、部分を独立した観察対象とすることは、西洋医学が科学的方法を踏まえていることを端的に表しています。
例えば、帯状疱疹になったとします。西洋医学的には、水痘・帯状疱疹ウイルスによる感染症と診断され、抗ウイルス薬の投薬(原因療法)により治療が完結します。
これは19世紀、細菌学の発達(病気は「細菌」という物質が原因で起こることが明らかとなる)により、自然科学として確立した近代医学の正統的な考え方です。
帯状疱疹は、体内(神経節)に潜伏していた、かつて水疱瘡になった原因ウイルスが活動を活発化したことからで、その理由は「免疫力の低下」であることは、医学的に明らかにされています。
そして免疫力低下の原因は、主にストレスであることも明らかになっていますが、現代医療で、医師がこれ(ストレスそのもの)を直接的に扱う(また患者も、これをもたらした生活そのものに真摯に向き合う(=養生))ことはありません。
このような治療法のあり方は、西洋医学の基盤となっている自然科学の自然支配の思想にあり、それは物質的な因果関係を捉えるもので、この原因に対して対処するからです。
このような西洋医療を通して、ウイルス以外の原因を対象としないことにより、機械論的な生命観が人々の心に定着するわけです。
現代では、このような医学の科学的な常識が多くの人に身についていますが、これに比して、野口整体の「病症観」と私の「個人指導」のありようは次のようです。
帯状疱疹は、私の経験では心因抜きにはないもので、強いストレスなしには起こらないものです。しかもある体癖(捻れ型)の人に限っているのです。
心因となる事情は「個人の人間関係」にあり、整体指導者がこれを把握し理解するためには、身体の観察の際に心理臨床が必須となります(被指導者の心の軽減のため、指導者がストレスを理解する)。
情動(ストレス)による身体の「偏り疲労」に対する整体操法を行うに際し、このような心理臨床を含むのが整体(個人)指導です。体の部分やある病症に対して(=対症的に)のみ対応するのでない、全体性への向き合い方が科学とは異なり、「人間そのもの」を対象とするものです。
そして整体操法を行うことは、偏り疲労を調整することでの自然治癒力の発揮を目的とするところです。
西洋医学における科学的方法とは、病症と物質であるウイルスの関係を解明するもの(=病理学)で、「生活している人間」の全体について考えるものではないのです。さらに「健康に生きるための心身の用い方」となると、範疇外なのです。
(註)帯状疱疹
通常、体の左右どちらかの神経の流れに沿って、帯状に痛みを伴う赤いブツブツとした発疹や水ぶくれなどがたくさん生じる。3週間ほどで治ることが多い。
医学的には「水ぼうそうにかかった経験がある人なら、誰でも帯状疱疹を発症する可能性がある」とされているが、野口整体では、野口晴哉が説く「人は万病になれない」(体癖によってなりやすい病気とならない病気がある)の一例として知られている。