野口整体 金井蒼天(省蒼)の潜在意識教育と思想

金井省蒼(蒼天)の遺稿から説く「野口整体とは」

禅文化としての野口整体Ⅰ 活元運動 第一章 二2 心(感情)に疎いトライアスロンの〝鉄人〟①

2 心(感情)に疎いトライアスロンの〝鉄人〟― 自発性を妨げている潜在意識

 

 今回から個人指導例の内容に入ります。体を動かすことは健康に良いとよく言われます。そして、体を動かすこと=スポーツ競技とその技能を高める訓練と直結させている人も多いかと思いますが、それはどうなのだろう?という金井先生の問いかけがこの指導例の主題となっています。

 ここでの焦点は自発性にあるのですが、やりたいと思ってトライアスロンをしているのは自発的ではないのか?と思う人もいるかもしれません。ここでの自発性というのは体の側から発する要求に順うという意味で、トライアスロンに適した体になるよう訓練し、自分の体に対する支配力を高めていくという意味ではありません。

 ブログその他の記事で野口整体はスポーツは体に良くないからやめなさい、と言っている…という言い方がされていることがあるのですが、そういう意味ではないのです。ただ、それは競技が目的になるあまり、楽しく遊ぶことから離れていくこと、まして健康に良いことだと安易に思わない方が良い、いうことなのです。

 それでは内容に入っていきましょう。

① 自発性を妨げている潜在意識

 スポーツ施設の取締役である五十代の男性が、「十年ほど前から、心身の不具合に悩んでいる」と、個人指導を受けたことがありました。彼は施設でのインストラクターでもあり、トライアスロン(鉄人レース)を長くやっていると話していました。一見、筋肉質でがっちりとしており、スポーツマンという体つきでした。

 私はそういった表向きの様子を見聞きしながら、表情の観察から、彼には何らかの「不満がある」ということを感じ取りましたが、「うつ病自律神経失調症」に悩んでいるという彼に、「会社の人間関係に悩みがありますか」と尋ねると、「別にない」と答えました。それで、話を一旦終え、個人指導の序となる身体の観察に入りました。

 私が体に触れながら「社長はどんな人?」と聞くと、「ワンマンで、私はこき使われている」と言い出し、それで「あ、そうか、人間関係か」と、やっと自分で気が付くというような状態でした。彼は自分の心に鈍く、こころを訴えるのが不得手だったのです。

 その後、場を変え、うつ伏せでの「背骨の観察」に入りましたが、彼の腰椎の様子からは、「意欲」というものが感じられず、「自発的な心が動いていない」ことを感じ取ることができました(腰椎は意欲との関連が大)。

 昔から、物事に身を入れて打ち込むことを「本腰を入れる」とか、「腰を据える」と言いますが、彼の腰はそれとは対極的な状態にあったのです。特に、仰向けでの「お腹」を観たとき、全く弱々しいのです。「肚がない」という感じがよく分かり、私は「彼は仕事をやらされているな」と直感しました(体の状態と非自発的な心の関係)。

 昔の人は物事を決断すると「腰を決めた」とか、「これで肚が決まった」と言って行動に移ったものですが、この「腰・肚」の力によって生きるということが「自発的」なのです(自発的とは腰・腹に力が入ることで、これが意欲)。

「お腹」と潜在意識との関わりは密接であり、「肚」がない彼は、潜在意識のはたらきが悪く、心理的、そして生理的にも不活発な状態にあったのです。

「背骨は人間の歴史である」という師野口晴哉の言葉がありますが、背骨には「生きてきた歴史」が刻まれており、私は彼の背中に、心の虚を観たのです。